絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 なにしろ十八年間、近いうちに死ぬと言われ続けて生きてきた女である。
 夫を愛するがあまり愛人やその子に嫉妬し、人として戻れない修羅の道に落ちてしまう物語のようにならないとも限らない。

(人の頭で想像できることは、現実にだって起こりうるんだから……)

 たとえ青いと言われても、フランチェスカはそんな女に成り下がりたくはなかった。
 愛されなくても、心だけは気高く生きていたい。

「アンナ、新しいポプリを枕元に用意してくれる?」
「――畏まりました」

 話を切り上げてしまったフランチェスカに対して、アンナはなにか言いたげだったが、結局それをのみ込んだ。彼女もまたフランチェスカの頑固さをよく知っている人間でもある。

「よく眠れるように、オイルマッサージも致しましょうね」
「ありがとう」

 礼を告げて、フランチェスカはフラフラと窓辺に向かい、天高く輝く月を見上げた。
 窓の外がしらじらと明けてくるまで、たっぷり時間をかけてフランチェスカは自分の心と話し合い、そして決心した。
 自分の使命はまずは『シドニア花祭り』を成功させることにある。
 シドニアの未来のために働き、そしてそれが落ち着いた頃に彼の望み通り離縁して、王都に戻り王太子妃つきの女官として働くのだ。
 彼への思いを今更なかったことにすることはできず、マティアスの側にいる間はずっと彼への思いで心は揺れて苦しむだろうが、それ以外に生きる道はない。

「うん……大丈夫。私は大丈夫……」

 幼いころから何度も死にかけるたび『大丈夫』だと自分に言い聞かせてきた。
 だからこの失恋だってきっと立ち直れるはずだ。

 いつか彼を諦めないといけない。そう考えるだけでフランチェスカの瞳からは涙が零れ落ちてしまうけれど。
 マティアスを愛した気持ちをなかったことにはできないし、忘れたくはないのだった。

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