絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 だがお芝居の稽古となると、どうしても接触が多くなる。好きな人に近づけば当然、心臓はバクバクするし手に汗は握るし、顔だって赤くなって当然だ。

「いや、だが……」

 マティアスが名前を呼び、ゆっくりと背後から顔を近づけてきて――。
 吐息が頬に触れるくらい近づいた次の瞬間、手紙を持ったアンナが部屋の中に入ってきた。

「奥様、ご実家からお手紙です」
「っ!」

 その言葉に、フランチェスカは慌ててマティアスから距離をとり、アンナから手紙をひったくるように奪っていた。

「大事な手紙のお返事なので、部屋で読んできますっ」

 マティアスをその場に置いて、自分の部屋へともつれる足で駆けていく。我ながらものすごく怪しかったと思うが、マティアスにあれ以上近づかれては心臓がもたない。

(はぁ~……ドキドキした……)

 そして震える手で手紙を開けた。
 案の定、手紙の主は兄のジョエルだった。
 フランチェスカが『「シドニア花祭り」が終わったら、王太子妃つきの女官になることも考える』と送ったことについての返事である。

 兄らしい優美な字で、フランチェスカの体のことを心配したり、王都で好んで食べていた果物を送るという文章とともに、

『女官になることを検討するとのこと、驚きました。
 その旨カールに伝えてほしいということだったから伝えたけれど、本当によかったのかな。
 あれだけマティアス殿のそばにいたいと言っていたのに。
 お前が無理をしていないか兄は心配です。
 花祭りは家族みんなで見に行くからね』

 と書いてあった。

「無理は……しているわ、お兄様……」

 フランチェスカはハァとため息をつきつつ、ソファーにすとん、と腰を落とし、そのままぱたりと体を横たえる。

「はっきり女官になると言えたらいいのにな……思い切れない私が悪いのだけど……」

 フランチェスカは何度も手紙を読みなおし、そしてぼんやりと天井を見上げた。
『シドニア花祭り』が終われば、フランチェスカがこの地でやることはなくなる。すぐに離縁の手続きをしなければならないが、『白い結婚』なのでそれほど難しくないはずだ。おそらくカールあたりが外聞が悪くならないよう根回しするだろう。
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