絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 ルイスに呼び出されたマティアスは、どっかりと椅子に腰を下ろし、長い足を持て余し気味に組んでその上に肘をついた。

「――で、見回りの人員は増やしたのか?」
「はい。大将の指示通りに」

 ルイスは手元の書類をめくりながらうなずく。

「人が集まる広場には人員整理のための警備を増員、出店がならぶ商店にも警邏を増員しています。こちらは地元と信頼関係があるメンバーを選んでいるので、万が一のトラブル防止にも役立つかと」
「ああ」

 マティアスはうなずきつつ、執務机の上に置かれた手紙を手に取り、深いため息をつく。

「これでなんとか抑止になればいいんだが」
「なんなんですかね、脅迫状って。意味わかんないですよ」

 ルイスがチッと舌打ちし、腰に手をあてつつ手紙を上から覗き込んだ。

「『シドニア花祭り』を中止しなければ町中に毒を撒く。野蛮な野良犬であるシドニア伯には神の裁きが下るだろう……口に出すだけで腹が立つ文面ですね」
「そうだな」

 読み上げを聞いているだけでマティアスの眉間の皺も深くなった。

 この脅迫状は、十日ほど前にマティアス宛てに届いたものだ。文字は子供のように稚拙な文字で、筆跡はわからない。
 マティアス宛ての手紙は副官のルイスが中身を確認し、判断が必要と判断されたものだけマティアスに渡される仕組みになっている。当然、脅迫状はすぐさまマティアスと共有され、ダニエルやケトー商会のテオと話し合いがもたれた。
 悪戯だろうと思うが、そうでなかった場合は大変なことになる。当初予定していた倍の警備網を敷くことになり、その分予算もかかったが安全のためには仕方ないことだった。

「こんな脅迫に負けて、皆で協力して作り上げた祭りを中止するつもりもないが、万が一ということもあるからな」

 マティアスは大きく息を吐き、脅迫状を引き出しの中に仕舞いこむ。

「奥方様には話さないんですよね?」
「……本番前に不安にさせたくない」
「芝居、うまくいくといいですね」
「他人事だな。お前も出るだろう」

 マティアスがふっと笑うと、
「俺は俺の役なので、全然大丈夫ですっ。女の子もたくさん見に来てくれるんで、がんばりますよ~ヘヘヘッ」
 ルイスはいつものように軽薄な顔でウインクをすると、警備の最終打ち合わせをすると言って執務室を出て行った。
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