絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 ひとりになると、ふと、脳内にさきほどまで一緒に舞台の練習をしていたフランチェスカの姿が浮かんだ。

 夜はちゃんと寝ているだろうか。食事は食べているのか。
 元気はつらつにお芝居の練習をしていたが、ばったりと倒れた前科があるので、ダニエルに無理をさせないよう伝えている。
 彼女が気を張っているのは、遠くから見ているだけでも気が付くものだ。
 無理をしていないかと、つい構ってしまう。

 そのたびにフランチェスカが少しだけ困った顔をするので、また自己嫌悪に陥る、の繰り返しだ。

(――俺は本当にバカだな)

 自分の弱さを認め、ようやく彼女に向き合う決心がついたと思った矢先、フランチェスカはマティアスを見限って王都に戻る決心をしていた。
 それもそうだ。覚悟を決めて嫁いできた彼女を受け入れなかった。その後、フランチェスカの人となりを知ってかわいいと思い始めても、相変わらずに彼女の好意をやんわりと拒んでいたのはマティアスだ。
『王太子妃つきの女官』の一件でも彼女の気持ちを拒んで、よく考えた方がいいとまで伝えたのだから、彼女がそうするのは仕方のないことだ。

 もし彼女を最初から妻として受け入れていたら?

 今頃仲睦まじい夫婦としてこの地で生きていたのではないか。
 愚かな妄想は捨て去らなければならないのに、ふとした瞬間に考えてしまう。
 だが一番にフランチェスカの幸せを思うなら、己のことなどどうでもいい。

(女官なら、小説を書くことを諦めなくて済むしな)

 機転が利く彼女なら王太子妃のお気に入りになるのは目に見えているし、今は無理だとしても、時代が変われば女流作家として表舞台に出られるようになるかもしれない。
 そう、彼女は幸せになれる。

「俺がいなくても……」

 むしろマティアスは野蛮な『荒野のケダモノ』だ。フランチェスカの足を引っ張るだけでなんのプラスにもならない。

「――」

 マティアスは執務机に肘をついたまま、顎先を指で支えつつ自分の唇に触れる。
 触れるだけのキスしかしなかった女性に、ここまで心を奪われてしまったのは人生で初めてだった。
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