絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 ちなみに目の前に座ったジョエルが「はぁ……えらいことになった……」と額に手を当ててうつむいているが、それは見なかったことにした。

「まずは私の夫への侮辱、取り下げていただきたいですね! 謝ってくださいっ!」

 フランチェスカは目に力を込めて、公爵夫人をにらみ返す。

「まぁっ、まぁっ……! なんて非常識な娘でしょう!」
「非常識なのはそちらですわ~! どこの世界に姪の夫を侮辱していいという常識があるのかしら~!」

 やぶれかぶれともいう反抗的な姪の態度に、公爵夫人は全身をわなわなと震わせて卒倒寸前だ。そこでようやく我に返ったカールが、耳まで真っ赤にしながらフランチェスカを指さし席を立った。

「衛兵! この無礼な娘を放り出せっ!」
「っ……!」

 どうやらフランチェスカはつまみ出されることになったようだ。
 だがこれ以上マティアスを侮辱されるのは我慢ならなかった。

(ふんっ、上等よ!)

 覚悟のうえで唇を引き結んだ次の瞬間、

「静粛に!」

 朗々とした声とともに、ゆっくりとドアが開く。
 その凛とした声に、騒然としていた『鏡の間』に静けさが戻った。
 そう――先頭を切って部屋に入ってきたのは王太子レオンハルトだった。美しい黒髪と同じ漆黒の瞳をもつ彼は、部屋の中をぐるりと見回す。

「っ……」

 その鋭い視線に射貫かれフランチェスカは奥歯を噛みしめた。
 だがそれはカールも同じだったらしい。フランチェスカに向ける眼差しは厳しかったが、唇を引き結んでいる。

「ロドヴィック帝国第二皇女、マリカ・マリーナ・ヴァロア・ロドヴィック殿下の御前である」

 さすが王太子とでもいうのだろうか。年はカールと同じはずだが、ただならぬ威厳がある。
 王太子の重々しい声に、おかしな雰囲気に包まれていた『鏡の間』はあっという間に平静を取り戻す。
 貴族たちは王太子を迎え、一斉に椅子から立ち上がった。
 男性は頭を下げ女性はカーテシーを。フランチェスカも右に倣って軽く膝を曲げた。
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