絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
(そうか……フランチェスカは俺に妻子がいると思っていたのか……)

 そんなばかな、と思うが、そもそも自分たちはお互いのことを本当に何も知らない。
 彼女が嫁いできてから『シドニア花祭り』の準備もあり、朝から晩まで仕事で、一緒に食事すらとれない日々がほとんどだった。
 しかも『白い結婚』でベッドも別である。彼女にはできる限り誠実に接したつもりだが、己の弱さを隠したまま、本音をぶちまけることもなく、夫婦とは名ばかりの関係だった。
 ふと、フランチェスカが旅立つ前に口にした言葉を思い出す。

『「シドニア花祭り」があるだけじゃなくて……私が、このままさよならなんて、嫌なんです。あなたの時間を、少しだけでいいので貰えませんか』

 思いつめた表情でフランチェスカはそう言った。

「俺だって、嫌だ……」

 そう、嫌だった。
 彼女が好きだ。諦めたくない。
 忘れるべきなのに、もっとフランチェスカのことを知りたいと思う。

 本以外になにが好きなのか。
 お気に入りの場所。好きな言葉。花。
 フランチェスカの心を豊かにする、ありとあらゆることを知って、彼女のために尽くしたかった。

 だがマティアスは『礼儀を知らぬ野良犬』だ。

(せめて俺が、彼女の足を引っ張らないような男だったら……)

 一度悪意をもって広まった己の不名誉はどうしようもない。
 己の過去の行いに後悔は微塵もないが、そのせいでフランチェスカが一生貶められることになるのなら、身を引くしかない。
 そうやってぼんやりしていると、ドアがノックされダニエルが少し緊張した様子で姿を現す。

「旦那様、お屋敷にお客様がおいでになりまして。お連れいたしました」
「客……?」

 いったいどこの誰だと思いつつ、マティアスは椅子から立ち上がり、異様な雰囲気の客の姿を見てその場に立ち尽くした。

「誰だ……」

 思わず声が低くなった。
 それもそのはず、部屋の中に入ってきたのは、どこかただ人ではない雰囲気を持つ四人の旅装の男と、彼らに守られるように中心に立つ小柄な女性だった。

 咄嗟に身構えるマティアスに向かって、
「――お久しぶりです。ようやくあなたに会えました」
 女性は頭からかぶっていたフードを外しながら、にこやかに微笑んだのだった。

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