絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「あ、あのっ、皇女様、発言をお許しください……その、なぜシドニア伯を帝国の騎士としてお連れになったのですか?」

 この場にいる貴族たちを代表したのだろう、最初に口を開いたのはカールだった。
 それもそうだ。王国貴族にとってマティアスは自分達より『下』なのである。
 なのに彼は胸に帝国から与えられた勲章をつけ、皇女のエスコート役として姿を現したのだから、王国貴族が混乱するのは当然だった。
 それを受けてマリカは小さくうなずき、それからレオンハルトのエスコートで中央の席の前に立ち『鏡の間』を見回した。

「王太子殿下。親愛なるアルテリア王国の皆様に、私の騎士であるマティアス・ド・シドニアを紹介する時間を頂戴できますか?」

 マリカは隣に立つレオンハルトに問いかける。

「勿論です、マリカ」
「ありがとうございます」

 それからマリカは、立ち尽くすマティアスとフランチェスカにちらりと視線を向けた。

「私が初めてマティアス様にお会いしたのは、今から八年前です」

 その言葉を聞いて、フランチェスカは目を丸くする。

(どういうこと……?)

 緊張で体を強張らせるフランチェスカをなだめるように、マティアスは無言で肩を抱く。
 その手は慈しみに満ちていて、何も言わずとも『大丈夫だ』と言われている気がして、フランチェスカはゆっくりと息を吐き、皇女の次の言葉を待った。

「当時の私は十歳の幼い少女で、土砂降りの雨の中、馬車を走らせていました。行く先は、アルテリア王国の王都の外れでひっそりと暮らしていた、かつての乳母の家です。彼女は私にとって実の母のような存在でした」
「あ……」

 フランチェスカは思い出すことがあった。
 そういえば、カールから以前『今は亡き乳母がアルテリア出身だったことで、幼い頃から我が国に親しみの感情を抱いてくださっていたらしい』と聞いたことがあった。

「乳母が死の間際にあると聞いていてもたってもいられなくなった私は、側近の者を連れて帝都を抜け出しアルテリア王国に向かったのです。ですが折からの豪雨のせいで馬車の車輪が外れ、立ち往生してしまった。このままでは乳母に会えないかもと絶望していた時、声をかけてこられたのが、マティアス殿でした」

 マリカは少し懐かしそうに目線を持ち上げる。
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