絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
その途中、何度か確かめるように「フランチェスカ様」「起きていらっしゃいますか」「フランチェスカ様、しっかりしてください」と呼びかけられたが、ここで目を覚ますと『お帰りください』と言われる気がして、そのまま気を失ったふりをすることにする。
(私は木! 私は石!)
心は緊張したまま、体からはだらんと力を抜いた。
そんな涙ぐましい努力に、どうやら彼らは騙されてくれたらしい。
結局、ふたりだけで会話を始めてしまった。
「それにしても予想外ですね。まさか侯爵令嬢が、こんな辺境の地まで来られるとは」
少し先を歩く家令の声には、どこか好奇心を隠しきれないような気配があって、若干弾んで聞こえる。
一方、主人であるマティアスは心底迷惑そうで、抱かれているフランチェスカの体がぐらりと揺れるような、大きなため息をついた。
「はぁ……屋敷に入れる前に追い返そうと思っていたのに、計画がおじゃんだ。そもそもあれほど断りの手紙を送ったのに、無視されるとはな。見ろよダニエル。これこそ実に貴族らしい傲慢さだ。俺が最も嫌いなものだ」
マティアスの声には貴族に対する怒りと苛立ちがにじんでいる。
『貴族らしい傲慢さ』『嫌いなもの』
知っていたが、直接言われるとちょっぴり傷つく。だが彼が領地に引きこもっている理由を考えると、これは当然の反応だろう。
自分がやったことはまさに『貴族の権力をかさにきた』やり方だったのだから。
「まぁまぁ……フランチェスカ様のご実家は、王家とも血の繋がりが深い侯爵家ですから。なにかしら事情があったのかもしれませんよ」
主人をなだめる家令――ダニエルの言葉を聞いて、フランチェスカは後ろめたくなる。
(この結婚に貴族の事情なんてないわ。だってこれは、私のわがままを家族が聞いてくれただけなんだもの)