絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 一応過去には恋人と呼べる関係ももったこともあるが、軍人という職業上どうしてもすれ違いが多くなり、長続きはしなかった。中にはそんなマティアスに『結婚したい』と告げる女性もいたが、一度もその気にはなれなかった。
 自分は軍人だからいつ死ぬかわからない。だから好ましいなと思ってもそれまでだと割り切っていた。他人を本当の意味で、自分の心の中に踏み込ませることができなかった。

 おそらくマティアスは、他人の人生を背負うのが恐ろしいのだ。
 自分ひとりだけのことならどんな結果になったとしても、己が責任を負うだけで済むが、赤の他人と結婚して家族になると、相手の人生を自分のせいで壊してしまうのでは? という漠然な恐怖がある。

 おそらくこれは自分の生まれ育ちに関係しているのだろう。
 戦争で両親をなくしたマティアスは、辛い子供時代に「なぜ自分を産んだ」「なぜ自分を残して死んだ」と親を恨んでいた。成長しても軍の同僚や部下たちが愛する女と家庭を持つのを祝う気持ちに嘘はなかったが、自分はその気になれなかった。死ぬまで一生ひとりがいいと思っていた。
 この八年間、爵位目当てとはいえ、怒涛のように押し寄せてきた縁談を断り続けていたのは、そんな自分を人として欠陥品だと自覚していたからだ。

(本当に、いいのか……?)

 そしてこの期に及んでまだ、マティアスはフランチェスカを妻にすることに怯えている。
 とっさに左胸あたりを手のひらで押さえる。
 式の間もずっと、儀礼服の内ポケットにポポルファミリー人形を胸元に入れていたのだが、薄い夜着ではそれはできない。

(ええい……もうなるようになれだ)

 大きく息を吐き、半ばやけっぱちな気持ちになりながら、
「フランチェスカ様」
 もう一度、妻の名前を呼んだ。

「――」

 だが返事はない。寝室は水を打ったように静かである。

(もしかして、逃げた、とか……)

 美しい花嫁は『野良犬』と呼ばれる男と結婚することに、土壇場で怖気づいたのではないか。
 あり得ない話ではない。
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