絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 元はと言えば執筆の自由を求めてこの地にやってきたはずだ。しかもマティアスが善良なおかげで、もう目的は達成している。
 彼はこのまま『白い結婚』が続いても、おそらくフランチェスカが小説を書こうがなにをしようが、制限することはないだろう。
 なのにフランチェスカはマティアスの特別になりたいと思っている。
 もともと貴族の付き合いが面倒で、なおかつ執筆しても己の正体がバレなさそうという理由でシドニア領にやってきたはずなのに、フランチェスカの目標は『マティアスに妻として認めてもらうこと』になっているのだ。

「やっぱり赤ちゃんを抱っこできる日もそう遠くないかも」

 子供好きなアンナの顔がにやりとほころぶ。
 だがフランチェスカがそのことに気づくのはもう少し先のことだった。




 とりあえずフランチェスカは自分のやりたいこと、やれることをあれこれと考えて、資料作りに専念した。十八年間生きて来て初めて気が付いたが、どうやらかなりせっかちなたちらしい。こうしたいと思ったら即やらないと気が済まないのである。
 シドニア領の失敗の歴史を探るのはもちろんのこと、シドニアに今根を下ろしている領民たちがなにを望んでいるのか。仮に祭りを開くとすると、そのためにどのくらいの予算が必要なのか、等々。
 一週間ほどでそれをレポートにまとめたフランチェスカは、ダニエルを伴ってマティアスに面談を申し込んでいた。

「フランチェスカ、なぜわざわざ公舎に来られたんですか?」

 執務室に両肘をつき、顔の前で祈るように指を絡ませたマティアスは、ダニエルとフランチェスカの顔を交互に眺める。

「それはこれが仕事だからです」
「ダニエルを連れてきたのは?」
「彼はこの町で一番の商会を率いていた人だから、現実的な助言をくださると思ったからです」

 フランチェスカはニコニコと微笑みつつ、レポートをマティアスに差し出す。

「マティアス様のお仕事の邪魔はいたしません。ただ私にお祭りを開催する権限を下さいませ」
「祭り……?」

 マティアスは眉間のあたりに皺を寄せつつ、フランチェスカの作った資料を一枚ずつめくった。
 几帳面な文字で書かれている内容を読み上げる。
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