絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「は?」

 マティアスが目を丸くしたところで、今度はダニエルが口を開いた。

「息子夫婦に助言はしましたが、話をとりつけたのはフランチェスカ様ですよ。私も計画書を拝見したうえで言いますが、反対する理由はありません」

 マティアスはあっけにとられたままフランチェスカの顔を見上げて、苦虫をかみつぶしたような表情になりそれから声をひねり出した。

「――わかった」
「ありがとうございます、マティアス様!」

 了承を得て、思わずその場で飛び跳ねたいくらい胸が弾んだ。

 フランチェスカがニコニコしていると、
「だがあなたの個人資産を使わせるわけにはいかない。この町で行われる祭りならシドニア伯で領主の俺の責任で行われるべきです」
「でも」
「フランチェスカ。それが夫である俺の仕事でしょう?」

 マティアスはそう言って、唇の端を持ち上げるようにしてニヤリと笑う。

「っ……」

 真面目な彼のちょっといたずらっ子のような表情を見て、フランチェスカの心臓がドンッ! と跳ねあがる。

(ちょっと、その表情はズルいのではなくて?)

 クールで大人なマティアスのちょっとした変化にドキドキしてしまう。
 一方、マティアスはフランチェスカが書いたレポートを閉じて表紙を大きな手のひらで撫でた。

「それにしても、祭りか……考えたことがなかったな」

 ニヒルな表情からまるで子供でも撫でるような優しい表情の変化に、またフランチェスカの胸はきゅうっと締め付けられる。
 おかしな態度にならないように、表情を引き締めつつゆっくりと息を吐いた。

(なんだかマティアス様を見ていると、心が忙しいわ)

 白い結婚を申し出たのは彼の方ではあるが『夫として』と言ってくれたのが妙に嬉しい。
 仲間意識とでもいうのだろうか、形ばかりの妻だが、彼がそれでも夫だと言い切ってくれるその気持ちが嬉しい。彼の懐に少しだけ入れてもらえた気がする。
 マティアスの慈しみに満ちた表情を見ていると、なんだかいてもたってもいられなくなった。

「あ、あの……マティアス様。お祭りを成功させたら、私を本当の妻として認めてくださいますか?」

 気が付けばいきなりそんなことを口走っていた。
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