絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「え……?」
マティアスは驚いたように目を見開き、隣にいたダニエルは少し不思議そうな顔をした。
それもそうだろう。ダニエルはマティアスとフランチェスカがすでに夫婦だと思っているので、今更『本当の妻』として認めてほしいというフランチェスカの発言の意図がわからないのだ。
気持ちよりも感情が先に出てしまったフランチェスカは、言い訳じみていると思いながらも、慌てて言葉を続ける。
「その……勿論今の私はマティアス様の妻ですけど、ただそこにいるだけじゃなくて、心から認めてもらえる妻になりたいなって思っていて……」
それを聞いたダニエルは、
「ああ、そういうことなんですね。マティアス様、こんなことを言ってくださる奥方様は大事にしないとバチがあたりますよ」
などと軽い口調で言い放ち「跡継ぎの顔が見られるのは案外早いかもしれませんね」と上機嫌になった。
(まぁ、跡継ぎどころか、唇にキスすらしたことがないんですけど……)
まだまだ先は遠いと思いつつマティアスをちらりと見ると、彼もまたフランチェスカを見ていて。
視線がバチりとぶつかった瞬間、全身に痺れるような淡い電流が流れる。
マティアスはどこか困ったような、少し照れたような、けれどその新緑を映しとったグリーンの瞳を濡れたように輝かせていた。
「フランチェスカ……ありがとう」
「え?」
「あなたに提案されなかったら、俺は領民に娯楽をなんて一生思いつきもしませんでした。感謝します」
彼の瞳に自分が映っている。彼が私を見ている。触れられたわけでもないのに、なぜか全身がソワソワして浮足立ってしまう。動悸で軽い眩暈がした。
(……これってなにかしら?)
季節の変わり目には体調を崩しがちなので、それが出たのだろうか。
「い、いいえ。マティアス様はなにも間違っていません。まずは領民の安定した生活が第一です。この八年間があってこその娯楽だと、私も思っただけですから」
フランチェスカは慌てて首を振ったが、こちらを真摯に見つめるマティアスを見ている間ずっと、収まらないままだった。