絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる

「おかえりなさいませ!」
「たっ……ただいま戻りました」

 なぜ彼女はこんなにいい匂いがするのだろう。香水を振っているわけでもなさそうのに、甘くてさわやかな花のような香りがする。

(とはいえ、くっつかれると……困る)

 まるで子犬にじゃれつかれたような気分になりながら、フランチェスカの肩を両手でつかんで引きはがす。こちらを見上げるフランチェスカの鮮やかなブルーの瞳に見とれていると、フランチェスカはハッと我に返ったように目を見開いた後、控えめに微笑みながら身をひき、紙の束を差し出した。

「これを見てください」
「ん?」

 受け取りつつさらっと目を通す。

「舞台の企画書?」

 フランチェスカの直筆なのだろう。相変わらず美しい端整な文字が、書面いっぱいにびっちりと綴られている。

「はい。花祭りのメインイベントとして、お芝居を上演したいと思いますっ。こちらが予算案で、特別協賛には王都の出版社であるオムニス出版を予定しています!」
「なるほど……?」

 芝居を見たことがないマティアスは面食らってしまったが、その昔、王都で軍人として働いている時は、王族の護衛として何度か劇場に足を運んだことはある。どっちが俳優なのかと尋ねたくなるくらい彼らは美しく着飾って、芝居を楽しんでいた。当時のマティアスは世の中にはこんなに芝居好きがいるものか、と思ったものだ。

「ちなみにこの……ブルーノ・バルバナスという作家は?」

 原作として記載されている名前を尋ねると、フランチェスカはぴくっと肩を震わせた。

「えっと……その人は友人なんです。花祭りためにシドニア領民が楽しめる脚本を書いてくれることになってします」

 さすが貴族令嬢だ。王都に作家の友人がいるらしい。だが一方で『ブルーノ・バルバナス』が友人だと聞いて胸がざわめいた。

(ブルーノ・バルバナス……気取った名前だな。フランチェスカとはどのくらいの付き合いなんだろう)

 王都で小説を書いているくらいだ。都会の洗練された男に違いない。

「フランチェスカは、この男と親しいんですか?」
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