絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「えっと……BBとは親しいというか、なんというか……彼が作家としてデビューする前からの友人……というか?」
マティアスの問いかけに、妙に歯切れの悪い声で、フランチェスカは視線をさまよわせた。
いつもはハキハキしゃべるフランチェスカの態度に、怪しさを感じる。
(なにか俺に隠し事をしているような雰囲気だな)
じいっと食い入るようにフランチェスカを見つめると、彼女は余計見られていることに焦っているのか、さらにそわそわし始めた。
「あのっ、BBは少なくとも小説を書くことに対してはいつだって真摯だし、面白いお話を書くことを人生の喜びとしている人間ですので……! その……善良かと問われれば、どうだろう、とは思うんですが、その……悪い人ではありません」
ブルーノ・バルバナスでBB。
あだ名で呼ぶとは、妙に親しげだし、しかもフランチェスカから人となりを信用されているようだ。
(善良ではないが、悪い人でもない、か……)
なにか引っかかるものを感じたが、BBのことを語るフランチェスカの青い目は、こちらを見上げて濡れたようにキラキラと輝いていた。
信用してほしいと顔に書いてある。
(美しいな……)
人は好きなものを語るとき、こういう顔をする。
いつも恋をしては失恋ばかりしている色男のルイスが、新しい恋に落ちたとき。
ダニエルが趣味で集めている古い金貨を磨いている時。
部下たちが妻や家族を懐かしみ、語るとき。
ではこのフランチェスカの表情には、いったいどんな意味があるだろうか。
そう考えた次の瞬間、ふと、いらぬ妄想が頭をよぎった。
(もしかして……BBという男はフランチェスカの元恋人なのでは?)
その考えが頭に浮かんだ瞬間、なぜか石でも飲み込んだような気分になる。
貴族はみな愛人を持つ。恋愛と結婚は明確に別なのである。たまに恋愛結婚をする貴族もいるが、それはかなり希少だ。
(もちろん、彼女に恋人がいたとしても……俺にどうこう言うつもりはないが……)
そもそも王都を離れ嫁いできた彼女に『白い結婚』を申し出たのはマティアスだ。
いずれ自分との結婚に嫌気がさして王都に戻る彼女のために、そのほうがいいと思ったことに偽りはない。