絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
 だがそれはそれとして、可憐で美しいフランチェスカに手を出して、彼女の人生を背負うのが恐ろしいと言う気持ちもあるのだ。

 自分ひとりならどうなっても構わないが、フランチェスカを自分のせいで危険な目に合わせてしまったら?
 もしくは年甲斐もなくフランチェスカに夢中になって、手放せなくなってしまったら?

 自分が変わってしまうのが怖い。
 嫌悪の感情の向き方の問題ではない。ただ自分の心を他人に明け渡したくない、振り回されたくないマティアスにとって、誰かを特別に思うということは、恐怖でしかないのである。

(他人に執着などしないほうがいい)

 仮にBBがフランチェスカの元恋人で、今は愛人だとしても、知らぬ顔をしていたほうがいいだろう。
 彼女の愛らしさに油断していたところで、急に氷を押し付けられたような不快感を覚えたが、それは自分勝手というものだ。
 なんにしろ、最初に彼女を拒んだのは自分なのだから――。

「なるほど……」

 痛みから目を逸らし表情を引き締めて、ふぅんとうなずいていると、横で二人のやりとりを見ていたダニエルが唐突に口を挟んできた。

「ブルーノ・バルバナスなら、私も著作を数冊読んだことがありますが、ロマンチックでありながら骨太な宮廷小説を書かれる方ですよ」

 その瞬間、フランチェスカが目をまん丸に見開く。

「えっ、読んだことがあるんですか? その……BBは女性読者がほとんどだと思っていたんですが」
「ええ。商人たるもの、世間で流行しているものはとりあえず目を通すものですから。半分は勉強ですがね。まさか奥様のご友人とは思いませんでした。著書にサインでもいただきたいところです」

 ダニエルはニコニコしつつ、「旦那様、軽食を用意しますので食堂にどうぞ」と言ってその場を離れてしまった。

 玄関には、フランチェスカとマティアスのふたりが取り残されてしまった。
 BBの話題が出てから、なんだか妙に気まずい気がする。
 なにか言うべきかと迷っていたところで、先に口を開いたのはフランチェスカだった。
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