絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「あの……お芝居は、そこにも書いてあるんですけど、『シュワッツ砦の戦い』をモチーフにしようと思っているんです。それでちょっと前からルイスやその時従軍されていた方々に、お話を聞かせてもらっています」
シュワッツ砦の戦い。
マティアスにとっては苦い思い出だ。己の生き方に後悔はないが、八年前のあの日のことを思い出すだけで複雑な気分になる。
「なぜ、あの時の話をお芝居にするのかと、聞いてもいいですか?」
フランチェスカはこくりとうなずいて、少し心配そうに顔をあげる。
「勝手なことをしてごめんなさい。でも私、このお話は間違いなく領民に喜んでもらえる題材だと思っているし、偏見だらけの王都の貴族たちに、マティアス様のすばらしさを知ってもらう絶好の機会だと思っているんです」
(なるほど。俺のため、か)
フランチェスカの声には熱がこもっており、本気でそう思っているのが伝わってくる。
(なぜ、彼女は俺なんかのために必死になるんだろう?)
正直言って、マティアスは自分の評価などどうでもいいと思っている。やけっぱちになっているわけではなく、昔からそういうたちなのだ。
十五歳で軍隊に入ったのも、ただ生きていくためだけに選んだ道だった。思いのほか軍隊が性に合ったその後でも、上官に媚びをうってでも昇進したいという気持ちになったことは一度もなかった。ちょっとした運命のめぐりあわせで領主という身の丈に合わない身分になってしまったが、マティアスの内面はなにひとつかわらない。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
人は見たいように他人を見る。
「こうだろう」「こうに違いない」「こうに決まっている」と決めつけて、火のないところに煙を立たせる。そういうものだ。他人に期待するだけ無駄なのである。
だからマティアスは誰からも評価されたいとも思っていない。ただ目の前の仕事をこなすだけ。そうやって生きてきたのだ。
だがフランチェスカは、王都でまったく評判の良くない自分なんかに嫁いできたあげく、マティアスに認められたいからとあれやこれやと考えを巡らせている。
(俺に認められる必要なんてないのに)
彼女は王家にも深く縁がある侯爵令嬢だ。マティアスの評価を今更変える必要などどこにもない。