絶対に結婚したくない令嬢、辺境のケダモノと呼ばれる将軍閣下の押しかけ妻になる
「あの、マティアス様。やっぱりご自分をモデルにされるのはおいやですか?」
黙り込んだマティアスを見て、フランチェスカはそう思ったのだろう。やっぱり、という顔になった。
「私、余計なことをしてしまったでしょうか……」
「――あなたが謝る必要はありません」
「え?」
フランチェスカが不思議そうに首をかしげる。
「もちろん気恥ずかしい気持ちはありますが、皆が喜んでいるのは間違いないですから」
ルイスや部下たちは『シュワッツ砦の戦い』がお芝居として上演されると聞いて、ものすごく浮足立っている。喜んでいるのだ。
それだけではない。早々に『シドニア花祭り』の噂を聞きつけた領民たちが『なにか手伝えることはないか』と、公舎にぞくぞくと訪れているらしい。この町には劇場なんて気の利いたものはひとつもないから、純粋に楽しみにしているのだろう。
民の笑顔のためなら、少々の恥は飲み込むべきだ。
自分をモデルにした男が主役だなんて、気恥ずかしくてたまらないのだとしても。
「フランチェスカ。領民のためにありがとう」
言葉を選んでそう口にすると、フランチェスカは驚いたように顔をあげた。
「マティアス様……」
正面から見つめてくるフランチェスカの目元には、うっすらとクマが浮かんでいた。
彼女が疲労していることに気が付いて、思わず彼女の頬に手を伸ばして、そうっと瞼の下を指でなぞる。
「ところで、このところあなたがおやすみのキスをねだりに来ないのは、寝てないから? 少し寂しく思っていましたよ」
マティアス的には軽い冗談のつもりだったのだが。
「――っ」
その瞬間、フランチェスカの顔が、ぼぼぼぼぼぼ、と火をつけられたかのように真っ赤に染まった。
(あ、やばい)
自分が慣れ慣れしい態度をとってしまったことに気づいたマティアスが、手を引こうとするよりも早く、フランチェスカは「や、や、それは、そのっ、えっと、ではまた今日からおねだりします……」としどろもどろに口にし、くるりと踵を返して走り出す。
よろよろした危なっかしい足取りのフランチェスカを見送りながら、マティアスもまた緩む口元 を隠すように手のひらで顎を覆っていた。