甘い罠、秘密にキス
再会する前まではこんな気持ちになるなんて考えられなかった。寧ろ一緒の布団で寝るどころか目も合わせたくなかったのに。
いじめっこで自己中で、女子高に逃げたくなるほど苦手だった存在。それなのに、短期間でこんなにもイメージが変わるものなのかと、気持ちの変化に戸惑いを隠せない。
でもいくら桜佑が良い男だといっても、流されてはダメだ。いい大人なんだから、もっと慎重にいかなくちゃ。
「からかわないで」
「俺は本気ですけど」
「結婚ってそんな簡単にするものじゃないでしょ。婚姻届を出そうと思ったら戸籍謄本も必要だし、それに証人欄に署名もしてもらわなきゃいけないし。それに両親にだって…」
──報告しないと。そう言いかけて、慌てて口を閉じた。桜佑の家庭環境が複雑で、ご両親が今どこで何をしているのか全く分からないから。
恐らく母親とは連絡をとっていないと思う。噂だけど、幼い頃に家を出ていったらしいし。でも父親は…?あまり良い印象がないけど、たまには会ったりしているのかな。
まぁ桜佑は昔から自分の家庭のことを話そうとしないから、きっと探られたくないはず。この話題には触れないようにしよう。
「とりあえず、婚姻届は却下」
「どうせいつか出すんだから、今日出しても何も変わんねえと思うけど」
「なんで出す前提なの。それよりお腹空いてない?何か買ってこようか?」
強制的に話を変えると、桜佑は「やっぱダメか」と悪戯っぽく笑いながら、私の頬を大きな手で優しく撫でた。
「飯か…確かに腹減ったな。昨日バカみたいに運動したし」
「言い方」
昨日のことをサラッと発言する桜佑に苦笑しつつ、ここで“何か作ろうか?”と言えない自分を不甲斐なく思った。こういう時、有り合わせで手料理を振る舞えたらカッコイイのに。
「伊織、今日は何も予定なし?」
「うん、特に何も無いけど…」
「だったらデートするか」
「………え?」
「ついでに飯食いに行くぞ」
なんだか、おかしな展開になってきたぞ。