甘い罠、秘密にキス
「え、あ、そうなんですね?!」
「男の人にしか見えなかった…」
目を丸くする二人に「よく間違えられるんです」とへらりと笑えば「ですよね」と躊躇なく返され、思わず顔が引き攣った。
「声も低くてかっこいいし」
褒めてくれているのかもしれないけれど、何故か今日はグサリと胸に刺さる。ひとりの時に言われるならまだしも、隣に桜佑がいると思うと何故か嫌な気持ちになった。
愛想笑いすることしか出来ずにいる私に、二人組は「女性でも全然構わないので一緒に…」と話を続ける。なかなか引こうとしない二人をどう説得しようかと頭を抱えてしまう。
ていうか、桜佑はなんでさっきから傍観してんの。笑いを堪えているなら許さないんだけど?
「桜佑…」
助けを求めるため桜佑に視線を移そうとした、その時。突如桜佑に腰を抱き寄せられ、思わず息を呑んだ。
「おねーさん達、空気読も?コイツが女ってことは、俺ら今デート中ってことだから」
今までずっと黙っていたくせに、急に口を開いたかと思えば若干キレ気味でズバッとぶった斬るから、さすがに焦った。
氷のように冷たい目、抑揚のない声。桜佑は身長も高いし、キレるとかなり迫力がある。
そのため、目の前の二人組の顔が一瞬にして固まったのが分かった。
「ちょ、桜佑…」
「まず、男って間違えたんだから謝れよ。普通に失礼だから」
「だ、大丈夫だから。こんな格好してる私も悪いし」
「てかよく見てみ?君らよりコイツの方が何倍もかわい…」
「ご、ごめんなさいね。この人スイッチ入ると止まらなくて」
桜佑、もう行こう。そう言って桜佑の身体をグイグイ押して二人組から引き離す。
桜佑はまだ言い足りないみたいだったけれど、二人が逃げるようにどこかへ行ってくれたから、ほっと安堵の息を吐いた。
「別にあそこまでしなくても…」
未だ眉間に皺を寄せている桜佑に向けて呟くと、桜佑は何も言わず私の手を握った。相変わらずあたたかいその手に、胸がきゅっと締め付けられた。
「…でも庇ってくれたんだよね。ありがと」
素直にお礼を伝えると、少し柔らかくなった桜佑の目と、視線が交わる。
「お前をいじっていいのは俺だけだから」
そう言って歩き出した桜佑に、手を引かれるままついて行くと、辿り着いたのはひとけのない階段の踊り場だった。