甘い罠、秘密にキス
「今日も泊まる?」
耳元で尋ねてくる桜佑に、小さく首を横に振る。
「今日は帰る」
「なんでだよ」
「ゆっくりお風呂に入りたいし、ゆっくり寝たいし…」
「それなら俺ん家でも出来るけど」
「ひとりがいいの」
「どうしても帰したくないって言っても?」
食い下がる桜佑に、再び首を横に振った。今度は桜佑の目を真っ直ぐ見つめながら「今日は帰る」と伝えると、目の前の男は「そんな全力で嫌がるなよ」と眉を下げた。
別に嫌なわけじゃない。ただ少し、気持ちを落ち着かせたいだけだ。
桜佑と一緒にいると、落ち着くけど落ち着かない。安心するけど、頼りきってしまう自分が嫌だ。
そして何より、これ以上一緒にいると離れられなくなりそうな気がして怖い。誰かに対してこんな気持ちを抱くのは始めてで、自分でもどうすればいいのか分からなかった。
「嫌とかじゃなくて、洗濯物も溜まってるし、色々やりたいことがあるんだって」
けれど本人には言えないから、苦し紛れの嘘を並べる。
「だったら、明日も会える?」
珍しく控えめに尋ねてきた桜佑は、真っ直ぐな目を向けてくる。
明後日からまた職場で毎日のように顔を合わすというのに、桜佑は私の腰に回した手を離そうとしない。
「……少しだけなら」
その熱い視線に負けて、渋々頷いてしまった。
すると桜佑が嬉しそうに破顔するから、ドクンと大きく心臓が跳ねた。
「明日は家でのんびりするか」
それ、本当にのんびり出来るやつなのかな。
……やっぱり断ればよかったかも。なんだか少し不安だ。