甘い罠、秘密にキス

桜佑と別れ、ひとりきりになった部屋で思い出したのは、やっぱり桜佑のことだった。

この2日間で色々なことが起こり過ぎたからだろうか。ふとした時に桜佑の匂いを思い出して、あの熱が恋しくなった。

ひとりで入る布団は、なんだかとても広く感じた。目を瞑ると、電話ひとつで駆け付けてくれた時の桜佑の顔が浮かんできた。

あの夜の桜佑は、私に触れる手も、声も表情も、全てが優しかった。未だ胸元にくっきり残る痕を見ると、心が突き動かされる感覚に陥った。

あの日桜佑がそばにいてくれなかったら、目を閉じて思い出すのはあのナンパ男だったかもしれない。桜佑の存在にどれだけ救われたかと思うと、香菜に愚痴を零すことなんて出来なかった。


『日向くん、上司なんだっけ?扱き使われてんじゃないのー?』

「…思ったほどではないかな」

『そうなの?毎日が地獄って言ってたのに』

「あの時はそうだったけど…」

『昔のイメージからすると鬼上司っぽいのにね。意外と優しい感じ?』

「…まぁ、鬼ではないよ。仕事も出来るし」


いや、たまに鬼みたいなこと言ってくるけど、でもそれは仕事とは関係なく、婚約者としていじめられている時で…って、婚約者になったこと、香菜に言ってなかったな。さすがに言えないけど。


『なんか、だいぶ思ってたのと違うっていうか、伊織の日向くんに対する態度が違いすぎる気がするんだけど?』

「えっ、まさかそんなこと…」

『もしかしてもしかしてー?本当に距離がグッと縮まっちゃった感じ?』

「そ、そんなわけないでしょ。お互い大人になったんだから、昔とは違うだけで…」

『あれれー?伊織、なんか焦ってない?』

「焦ってない。めちゃくちゃ平常心」

『これはゆっくり話を聞かなきゃダメなやつね。今日暇なの?夜飲みに行く?』

「今日はダメ。私いま買い物に来てるし、明日も仕事だから」

『えーつまんないなー』


買い物に来ているのは嘘じゃない。だけど少し胸が痛むのは、桜佑の部屋に行くための準備で買い物に来ているってことを隠しているから。

実はこれからスーパーで食材を買って、桜佑の部屋で料理をしようとしている。前回は茶色いメニューしか出せなかったから、今回はもう少し女子力高めな手料理を振る舞う予定だ。


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