甘い罠、秘密にキス
なぜわざわざ苦手な料理をするのか。それはただ桜佑の部屋で何をして時間を潰せばいいのか分からないからだ。
もしひたすらイチャイチャモードだったら、きっと私の身も心ももたない。私が拒否すればいいだけの話なのだけど、いつもすぐに流されてしまうから、料理をしていれば桜佑も大人しくしてくれると思った。
しかもひとりでキッチンにいられるわけだし、手際も良くないからかなりの時間を潰せる。桜佑の部屋の方が調味料も揃っているし、我ながらいい作戦だと思う。
「じゃあ切るからね」
『あ、付き合うことになったらちゃんと報告してよね。私は日向くん大賛成だから』
「…はいはい」
付き合うどころか、それすっ飛ばして婚約してますけどね。
(でも香菜的には桜佑は大賛成なのか…)
通話を終わらせ、スマホの画面を見つめながらほっと胸を撫で下ろして、すぐハッとした。
なにが「ほっ」なんだろ。
ダメダメ。余計なこと考えてる暇なんてないんだ。とにかく、これから私は女子力高めな料理をしなくてはいけないんだから、そっちに集中しないと。
昨日寝る前に、一応『彼女に作って欲しい料理』でググってみたら、ハンバーグやグラタン、カレーや肉じゃがや唐揚げなどなどが出てきた。
この中で1番簡単で、尚且つ女子力高めなものって言ったら…あれ、一体どれなんだろ。
スーパーの目の前で足を止め、今度は『簡単な料理』で検索する──と、突然手元のスマホが無機質な着信音を鳴らした。
画面が切り替わり、そこに表情されている“日向 桜佑”の文字に、どきりと心臓が跳ねた。