甘い罠、秘密にキス
桜佑は何も持たなくてもいいと言っていたけど、念のためスポーツドリンクとゼリーと栄養ドリンク、お粥の材料である卵とネギ、おまけにりんごを買って来た。
予定していた女子力高めな料理は出来なくなったけど、お粥なら食べられるよね。
りんごの皮剥きも、学生の頃の調理実習以来していないけど、まぁどうにかなるだろう。
(…よし、誰もいないな)
桜佑の住むアパートは社宅であるため、周りに人がいないか確認しながら建物に近付く。そして忍び足で桜佑の部屋の前まで行くと、恐る恐るインターホンのボタンに手を伸ばした。
──けれど、ボタンを押す前に突如ドアが開いて、その隙間から伸びてきた手がすかさず私の腕を掴んだから、思わず「ひっ」と悲鳴に似た声が漏れた。
何が起きているのか理解する前にその腕を引かれ、気付いた時には玄関の中で。バタン、とドアが閉じた音が聞こえたと同時、桜佑が倒れ込むように私に体を預けてくるから、背中がドアに当たり、まるで密着型の壁ドン状態になった。
「お、桜佑?大丈夫?」
私の肩に顔を埋めている桜佑に声をかけると、返ってきたのは「遅い」の一言。
「ごめん、ちょっと買い物を…」
「何もいらねえっつった」
「いや、それはさすがに…」
「来てくれてありがと」
怒っているのかと思いきや、次に聞こえてきたのは意外な言葉。あまりにも素直だから、思わず耳を疑ってしまう。
「体調はどう?」
私に触れている部分が、微かに熱い。若干息も乱れている気がする。
「ちょっと体がダルい。あと喉がやられてる」
「完全に風邪引いてるじゃん。昨日はあんなに元気だったのに…」
「一昨日の夜、裸で寝たせいかもな」
「……」
一昨日の夜と言えば、私達が身体を重ねた日のこと。桜佑のせいで不意にあの時のことを思い出して、カァっと顔が熱くなった。
ふと桜佑を見ると、笑っているのか肩が微かに揺れている。この男、確信犯だな。
「冗談言う元気があるなら帰るけど」
「ダメ」