甘い罠、秘密にキス

「伊織」
「わっ!」


いつの間にそこにいたのか、ベッドに向かったはずの桜佑が気付けば真後ろに立っていて、急に声をかけてくるから驚きのあまり大きく肩が揺れた。


「な、なに。どうしたの。喉でも乾いた?」

「いや、部屋に伊織がいると思ったら寝るのが勿体なく感じて…」


そう言いながらのそのそと詰め寄ってきた桜佑は、私の後ろにあるキッチン台に手をついた。
逃げ道を塞がれ、桜佑との距離の近さに慌てて俯く。桜佑の浮気疑惑のことを考えていたせいか、顔を直視出来ない。


「何言ってんの。病人はしっかり休んでなきゃダメでしょ」

「伊織がそばにいないと悪化しそう」

「そ、そんなサラッと小っ恥ずかしいこと…」

「隣で見てていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「でもお前危なっかしいし」


あ、これ完全に信用されていないやつだ。


「心配しなくても大丈夫。おかゆくらい(多分)簡単に作れるから」

「ふーん…あ、冷凍庫にご飯あるからそれ使っていいぞ」

「え、そうなの?では遠慮なく…」


だからなんなのこの生活力!

冷凍庫を開くと、綺麗にラップに包まれたご飯がいくつか入っていた。他にも色々なものが冷凍されていて、我が家とは違い冷蔵庫の中が潤っている。


「…桜佑って、自分で自炊してんの?」

「まぁ、出来る時は」

「そんな暇あるの?」

「休日に作り置きしたりもする」

「………」

「なんだよその目は」


探るような視線を向けたら、怪訝な顔で返された。

桜佑が嘘を言っているように見えないな。この人なら本当にサラッと作り置きしそうだし。


「てか、お前が俺ん家のキッチンに立ってんの見たら、なんか興奮するな」

「え、」

「もう結婚した気分になってきた」

「…もしかして熱で頭がおかしくなった?」

「ずっとここにいればいいのに」


今日の桜佑はいつにも増して甘い。
私の髪に頬を擦り寄せて「伊織」と呼ぶ声は、まるで甘える子供みたい。

この桜佑が、他の女性をこの部屋に呼んだりするかな…いや、多分しないな。一瞬でも浮気を疑ってしまったことを、なんだか申し訳なく思ってしまった。


< 128 / 309 >

この作品をシェア

pagetop