甘い罠、秘密にキス
「伊織」
「わっ!」
いつの間にそこにいたのか、ベッドに向かったはずの桜佑が気付けば真後ろに立っていて、急に声をかけてくるから驚きのあまり大きく肩が揺れた。
「な、なに。どうしたの。喉でも乾いた?」
「いや、部屋に伊織がいると思ったら寝るのが勿体なく感じて…」
そう言いながらのそのそと詰め寄ってきた桜佑は、私の後ろにあるキッチン台に手をついた。
逃げ道を塞がれ、桜佑との距離の近さに慌てて俯く。桜佑の浮気疑惑のことを考えていたせいか、顔を直視出来ない。
「何言ってんの。病人はしっかり休んでなきゃダメでしょ」
「伊織がそばにいないと悪化しそう」
「そ、そんなサラッと小っ恥ずかしいこと…」
「隣で見てていい?」
「ダメに決まってるでしょ」
「でもお前危なっかしいし」
あ、これ完全に信用されていないやつだ。
「心配しなくても大丈夫。おかゆくらい(多分)簡単に作れるから」
「ふーん…あ、冷凍庫にご飯あるからそれ使っていいぞ」
「え、そうなの?では遠慮なく…」
だからなんなのこの生活力!
冷凍庫を開くと、綺麗にラップに包まれたご飯がいくつか入っていた。他にも色々なものが冷凍されていて、我が家とは違い冷蔵庫の中が潤っている。
「…桜佑って、自分で自炊してんの?」
「まぁ、出来る時は」
「そんな暇あるの?」
「休日に作り置きしたりもする」
「………」
「なんだよその目は」
探るような視線を向けたら、怪訝な顔で返された。
桜佑が嘘を言っているように見えないな。この人なら本当にサラッと作り置きしそうだし。
「てか、お前が俺ん家のキッチンに立ってんの見たら、なんか興奮するな」
「え、」
「もう結婚した気分になってきた」
「…もしかして熱で頭がおかしくなった?」
「ずっとここにいればいいのに」
今日の桜佑はいつにも増して甘い。
私の髪に頬を擦り寄せて「伊織」と呼ぶ声は、まるで甘える子供みたい。
この桜佑が、他の女性をこの部屋に呼んだりするかな…いや、多分しないな。一瞬でも浮気を疑ってしまったことを、なんだか申し訳なく思ってしまった。