甘い罠、秘密にキス
「まぁ安心しろ。俺は亭主関白にはなんねえから」
どうやらさっきの電話での会話を覚えていたらしい。桜佑は私の髪を撫でながら「心配なら1回結婚して確かめてもいいぞ」と悪戯っぽく笑うから「確かめなくても大丈夫です!」と勢いよく首を横に振った。
この人、本当に昔“オスゴリラ”発言していた人と同じ人物なのかな。私のことを散々いじめ倒していたくせに、今の桜佑はまるで別人。彼の中で一体何が起きたっていうの。
いじめられるような事をした覚えもないけど、反対にここまで好かれる理由も分からない。昔から掴めない男だったけど、同じ時間を過ごせば過ごすほど謎が増えていく。
とにかく、今日の桜佑は愛情表現が直球過ぎる。元々男性から好意を寄せられることに慣れていないのに、あまりにもグイグイ来るから既にキャパオーバーだ。
「頭がクラクラしてくる…」
「ん、どした?もう風邪がうつったか?」
伊織、こっち向いて──と、私の身長に合わせて腰を折った桜佑が、ゆっくりと顔を近付けてくる。思わず目を瞑ると、おでこに熱々の何かが触れた。
「やば、お前のデコ冷たくて気持ちいい」
「ちょっと待って、あんたどんどん熱が高くなってない?」
顔が近いとか、そんなこと言っている場合じゃなかった。私の額にくっつけた桜佑の額が、驚くほど熱いから。
さっきからずっと喋っているから元気そうに見えたけど、実際はかなりキツいのだと思う。桜佑の顔をよく見ると、若干目が虚ろだ。
流されている場合じゃない。ここへ来た本来の目的を忘れるところだった。
「桜佑、とりあえずベッドで横になっててよ。おかゆ、急いで作るから」
「…やだ。手伝う」
「病人に手伝ってもらわなくても大丈夫だって。ていうかくっつき過ぎ。作業しづらいから少し離れて」
「えー」
軽く胸を押して引き剥がすと、桜佑は不貞腐れながらキッチンの反対側にある壁に背を預け、そのままずるずるとその場に座り込んだ。
ほらやっぱり、自力で立っていられないくらいしんどいんじゃない。