甘い罠、秘密にキス
「桜佑、私に掴まって。ベッドまで連れてってあげるから」
「いい、ここにいる」
「そんなふらふらな状態で何言ってんの。さすがに担げないけど、支えるくらいなら…」
「伊織のそばにいたいんだって。黙って見とくから、ここにいさせて」
桜佑は手の甲を目元に乗せ、天を仰ぎながら「腹減ったから早く」と零す。どうやら本当にベッドに移動する気はないようだ。
このままここで言い争っても埒が明かないと判断した私は「ベッドで横になりたくなったらすぐに言ってね」と伝えると、再びキッチンの前に立った。
こうなったら猛スピードで仕上げるしかない。ありがたいことに冷凍ご飯があるから、頑張ればすぐに出来そうだし。
急いでスマホでレシピアプリを開き、簡単そうなお粥の作り方を調べながら料理を始める。
ただでさえ料理に慣れていないのに、初めて使うキッチンにあたふたしつつも何とか小鍋を火にかけると、次はネギを切る作業に取り掛かった。
「指切るなよー」
「大丈夫、任せなさい」
後ろから聞こえてきた声に適当に返事をしながら、ゆっくりネギを刻んでいく。よく見ると幅は揃っていないけど、みじん切りにはなっていないからセーフとしよう。
よし、この勢いで食後のりんごも切っちゃお。
「……」
黙々とりんごの皮を剥いているけれど、久しぶり過ぎて亀並のスピードでしか進まない。若干歪な形になっているけど、まぁお腹に入れば一緒だよね。
「伊織」
黙って見とくと言った割には、まぁまぁ声掛けてくるじゃん。と、心の中で呟きながらも「なに?」と後ろに振り返る。
きっと退屈になってきたんだな?だからあれほどベッドに行きなさいって…
「鍋、吹きこぼれてんぞ」
「ぎゃーーー!」
情けない話だけど、桜佑がそばにいてくれて本当に良かった。