甘い罠、秘密にキス
座っているだけでもキツそうなのに、桜佑は冗談を交えながらも失敗作のお粥を次から次へと口へ運ぶ。
昔の桜佑なら、このお粥を見て心底バカにしていたと思うのに。今の桜佑はバカにするどころか嬉しそうに食べてくれている。こんな時でも優しいなんて、なんか狡い。
だからこそ、罪悪感で押し潰されそうになるんだけど。
「まぁ伊織に食べさせてもらうのは、結婚式のファーストバイトまで取っとくわ」
「女子なの?」
なぜか既に結婚式の話をしている桜佑に思わず怪訝な目を向けたけど、そんな私を余所に、目の前の男はまたひとくちお粥を口に運ぶ。
「…桜佑は本気で私と結婚する気なんだね」
「だからずっとそう言ってんだろ。お前しか無理なんだって」
「でも私と結婚しても苦労すると思うよ。まず女のくせに料理が下手で、毎日コンビニのお弁当やスーパーのお惣菜を買って帰るようなズボラ人間だし」
悔しいけど、どう見ても桜佑の方が私の何倍も生活力がある。こんな女を妻にしたいなんて、桜佑もどうかしてる。
「なぁ伊織」
スプーンを置いた桜佑の表情が、微かに変わった。真っ直ぐな視線を向けられ、思わず息を呑んだ。
「料理の上手い下手に、女とか関係あんのか」
「そりゃあ、女であるからには料理上手なお母さんになりたいし…」
「それがお前の理想の家庭像?」
「…え?」
「俺は母親の飯を食った記憶がないから、そういうのよく分かんねえけど。別に料理は俺が出来るんだから、何も問題なくね?」
「……」
「それよりも、俺は家族皆で食卓を囲みたい。誰が作ったかより、どうやって食べるかの方が、俺は大事だと思う」
幼少期からずっと苦労していた桜佑の言葉は、ひとつひとつがどれも重い。自分の考えはとても浅はかだったと気付かされる。
「だからその料理が少々失敗していようが、俺にとってはどうでもいいというか…むしろ思い出に残っていいというか」
「…こんなおかゆでも?」
「うん。ひとりで食う飯より何倍も美味いし。なんだこれって、笑いながら食えるのは幸せなことだと思う」
「……」
「てか、俺はおかゆを作ってもらうこと自体初めてなんだよな」
「えっ、うそでしょ…?」
「母親がいたら、こんな感じだったんだろうな。伊織は良い親になりそう」
桜佑があまりにも優しい表情で言うから、強く胸を打たれ、思わず目頭が熱くなった。