甘い罠、秘密にキス




「日向リーダー、少しお時間よろしいですか?」


過去の資料を保管している、小さな資料室。
ひとりで廊下を歩いていた桜佑を、そこへ半ば強制的に引きずり込んだ私は、彼を壁に追い詰め、仁王立ちで問い掛けた。


「こんなところに連れてくるとか、お前結構大胆だな」

「はい?」

「なんかエロいだろ、2人きりの資料室って。なにしたい?とりあえずキスする?」

「ふざけないで。そんなことするために連れ込んだ訳じゃないから」


念の為ひそひそと小声で話す私を見て、桜佑はクスクス笑っている。こっちは真面目に話したいのに、この男さっきからふざけ過ぎでしょ。


「ねぇ、なんなのあの噂話は。彼女がいるってどういうこと」

「そのままの意味だけど」

「真面目に答えて。なんでそんなこと言ったの」


鬼の形相で詰め寄る私に、桜佑は悪びれる様子もなく小首を傾げる。


「さっきからなにをそんなにキレてんだよ。あ、もしかして“彼女”じゃなくて“婚約者”の方がよかった?」

「んなわけないでしょ。よりによって大沢くんに…いまオフィスがその話題で持ちきりなんだよ。どうしてくれんの?」


感情的になる私の肩に、ポンっと手を乗せる桜佑。そのまま急に顔を近付けてくるから、キスされるのかと思って咄嗟に一歩後ずさった。

けれど一向に唇が触れる気配はなく、桜佑は至近距離で視線を重ねたまま、静かに口を開く。


「言ってんだろ。別に俺はバレてもいいんだって」

「……」

「相手は伊織だって言わなかっただけ褒めてほしいんだけど?」


上目がちにゆるりと口角を上げる桜佑の色気に、思わず息を呑む。


「…でも、なんの相談もなしに言われるのは困るというか…」

「ああ言うのが一番抜けやすかったから。あん時の俺、結構焦ってたし」

「……」

「勝手なことしてごめんな」


うっ…あの桜佑が素直に“ごめん”って言うなんて、なんか卑怯だ。そもそも桜佑が飲み会を抜ける原因を作ったのは私だし、そのお陰でかなり助けられたし。

これ以上強く言えないよ…。

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