甘い罠、秘密にキス

「…今度からは、ちゃんと私に報告や相談してよね」

「分かってる。俺は亭主関白にはなんねえから」

「……」


優しく目を細めて「大沢には、これ以上噂を広めんなって伝えとく」と続けた桜佑に、これ以上何も言えなかった。

口を噤む私を見て、桜佑は満足げに微笑んだあと「キスする?」と再びふざけた発言をする。

熱を孕んだ瞳で、じっと私を見てくる桜佑と見つめ合うこと数秒。
先に動いたのは私で、さりげなく桜佑のネクタイを掴むと、くんっと軽くこちらに引いた。

不意をつかれた桜佑は、つんのめるようにバランスを崩す。その肩を両手で受け止めると、その勢いのままコツンと私の額を桜佑の額にくっつけた。


「熱、下がったの?」


おでこをくっつけたまま問い掛けると、桜佑の瞳が微かに揺れた。
一瞬、バツの悪そうな顔をしたのを、私は見逃さなかった。


「まだ若干熱い気がするんだけど、絶対治ってないよね。てかそんなすぐに治るわけないし」

「大丈夫。解熱剤で下げてきたから」

「それは治ったって言わないよ。なんでそんな無茶すんの」

「会議あるから休めなかったんだって」


会議…さっき伊丹マネージャーと話をしていた件だろうか。


「責任感が強いのはいいけど、それで倒れたら意味ないでしょ」

「心配すんな。昨日伊織が来てくれたお陰で、だいぶ楽になったし」

「別に私は何も…」


来てくれたお陰って、私は大して何もしていないのに。むしろ失敗作のお粥を食べさせただけで、看病と言えるほどのことは出来なかった。

それなのに、桜佑は目を細め「ありがとな」と耳元で囁くと、私の頬に触れるだけのキスをした。

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