甘い罠、秘密にキス
「お前はその顔をいつ覚えたわけ?」
「……え?」
「なんか調子狂うな…」
よく分からない言葉を零した桜佑は、乱れた黒髪をガシガシと掻きながら眉を下げる。
その様子を布団にくるまったまま見守りつつ、まだ衣類を着ていない筋肉質な上半身につい見惚れていると、キッチンに向かおうとしていたはずの桜佑が、再び布団に潜り込んできた。
「そんな上目遣いで見つめられたら、離れられなくなるんだが」
「……」
「伊織が急に甘え上手になって、俺の方がビビってんだけど」
「ほんと?甘え上手になってる?」
「うん。可愛すぎて今すぐにでも理性がぶっ飛びそう」
「そっか、よかった」
「よかった、じゃねえよ。このまま襲われても文句言うなよ」
ブツブツと文句を言いながらも私の首の下に腕を通した桜佑は、そのまま私を抱き寄せる。お互いの肌がぴたりとくっつき、桜佑の体温がダイレクトに伝わってきて、その心地良さに思わず頬を擦り寄せた。
(そっか、私ちゃんと甘えられてるのか)
自分には絶対に出来ないことだと思っていたから、なんだかひとつ前に進めた気分。それが嬉しくて、自然とにやけてしまう。
「なんか嬉しそうだな。お前が最近抱えてた悩みは解決したか?」
桜佑の言葉に、ハッとした。ふと我に返った私は、スンと真顔に戻った。
そうだった。最近の私の態度がおかしいという話になって、桜佑が心配してくれて、それでこういう流れになったんだっけ。
これで解決…したのかな。確かに私のモヤモヤはなくなったけど、また明日出社して、井上さんが桜佑にアプローチしているところを目撃したら…もしかして、また同じことを繰り返す?
……井上さんのこと、相談してみてもいいのかな。