甘い罠、秘密にキス




結局井上さんと話が出来ないまま、昼休憩になってしまった。


「…はぁ」


朝から緊張が止まらないせいか、なんだかお腹が痛くなってきた。食欲が湧かなくて、とりあえず休憩スペースで昼食代わりのコーンポタージュを飲んでいるけれど、飲み干せそうにない。桜佑が作ってくれた朝食もあまり喉を通らなかったし、こんな弱気で井上さんに勝てるのだろうか。


私達が婚約していることを知ったら、やっぱり怒るのかな。その場で泣き崩れたらどうしよう。それどころか、奪い取ってやるって宣戦布告されたら、どう返せばいい?

昨日の夜から色々なパターンを想定しているけれど、平和に終わる気がしない。やっぱり桜佑も連れて3人で話し合う方がいいのかな。


「うーん…」


スツールに腰掛け頭を抱えていると、ふと足音が近付いていることに気付き、ゆっくりと顔を上げた。


「あ…」


タイミングがいいのか悪いのか、こちらに向かって歩いてきているのは、なんとあの井上さんだった。

彼女の姿を視界に捉えた瞬間、ドクンと大きく心臓が跳ねた。彼女が近付くにつれ、どんどん脈が速くなり、背中に冷や汗が伝う。

スマホを見ながら歩いている井上さんは、まだ私の存在には気付いていない様子。キョロキョロと辺りを見渡すと、彼女の他に誰もいなかった。

もしかして、今がチャンス?

慌てて立ち上がった私は、ごくりと唾を飲み込み、ぎゅっと拳を握りしめた。


「井上さん、ちょっといいですか?」


彼女の目の前に立ちはだかり、内心ビクビクしながらも、平静を装いながら声を掛ける。


「…え?」

「大事なお話があるので、少しお時間をいただきたいのですが…」

「大事なお話…ですか?」


ピタリと足を止めた井上さんが、目を見開きながら私を見上げる。そこにはこないだの勢いはなく、むしろ少ししおらしくて、若干戸惑いつつもコクリと頷いた。

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