甘い罠、秘密にキス
「ファンクラブの間では、佐倉さん川瀬さんカップルを密かに推していました。おふたりの仲睦まじいお姿を見守るのが、ひとつの楽しみでもあったのです」
あー、そういえば一部ではそういう設定にされてたっけ。
「それなのに、日向リーダーのお部屋から出てきた佐倉さんを目撃した時は、本当に衝撃を受けました。しかも次の日、日向リーダーに彼女がいるっていう噂が流れていて、もう頭が真っ白になって…」
なるほど、それで私に突撃してきたのね。
「どこの馬の骨かも分からない男に佐倉さんを取られたというだけでも許せなかったのに、それどころかまさかの都合いい女ポジション!大変遺憾です!」
まだ謎な部分はあるけれど、この話の流れでなんとなく分かったのは、彼女の“許せない”“認めない”“渡さない”発言は、全て私ではなく桜佑に対して言っていたということ。
これも全部、あの時私が変に否定してしまったせいだ。桜佑の彼女なのかと聞かれた時、素直に頷いていればここまで話がややこしくならなかったのかもしれないのに…。
「あのね、井上さん…こないだは私が誤解を生むような言い方をしてしまったのですが…実は日向リーダーとは、そういう不純な関係ではなくて…」
「え…?」
井上さんの瞳が揺れた。「どういう意味ですか?」と小首を傾げる彼女の目は真っ直ぐで、思わず目を逸らしたくなる。
「実はその…私達はもともと幼なじみで…」
「…おさな…なじみ…?」
「それだけじゃなくて…むしろ…えっと…」
「……」
「こ、婚約を…してまして…」
「……え……今、なんと………?」
「婚約…です」
「…こんにゃく……?」
「婚約」
「こん…………………………」
頼むから何度も言わせないで!と心の中で叫びながら、半ば投げやりで言葉を紡いだ。
“婚約”の部分は極端に小声になってしまったけれど、なんとか真実を伝えることができ、ほっと安堵の息を吐いたのも束の間。
目の前の彼女が突如石のように固まってしまった。
「井上さん…?」
恐る恐る声を掛けても返事はない。軽く揺さぶっても動かない。驚くのも無理はないと思うけど、まさかここまでとは。
どうしよう、このまま放置するわけにもいかないし…。
戸惑いながらも「井上さん」と再び声を掛け、彼女の肩をそっと叩こうとした…その直後、井上さんが突然その場に膝から崩れ落ちた。
「えっ、井上さ…」
「私はとんでもない勘違いをしていましたあああ!」