甘い罠、秘密にキス
土下座する勢いで床に倒れ込もうとする井上さんを慌てて支えると、彼女はふらつきながらも何とか立ち上がった。
「井上さん、噂になっている日向リーダーの“彼女”っていうのは、実は私のことなんです…」
また膝から崩れ落ちたらどうしようかと内心ヒヤヒヤしながらもハッキリと伝えると、井上さんは「私ったらなんてことを!」と叫ぶような声を上げ、両手で顔を覆った。
「私はてっきり、日向リーダーは本命の彼女がいるにも関わらず色々な女に手を出す浮気男なのかと思って…本当にそういう男なのか確かめるため、そして佐倉さんの代わりに私がセフレになる勢いで、ここ数日は自分の武器を存分に使って、色仕掛けで日向リーダーにアピールしてたのに…まさか婚約者だなんて…」
色仕掛け…それでその大きな胸を押し付けてたってわけね。やっぱり胸って武器になるんだな…いいなぁ。
じゃなくて。
「それでもし私に堕ちたら、日向リーダーは最低な男だってことを証明できるし、あわよくば散々ヤった後に私の方から捨ててやろうかと」
「なんだかんだノリノリだったんですね」
「佐倉さんを弄んだ罰ですよお!なんとしてでも佐倉さんから日向リーダーを引き離したかったんです…イオ様をお守りしたい一心で…」
「井上さん…」
「だけど、良かれと思ってやっていたことは、全て佐倉さんを傷付けていただけだったんですね…本当にすみませんでした」
深々と頭を下げる井上さんに「私は大丈夫なので気にしないでください」と首を横に振ると、彼女は安堵の表情を浮かべ「イオ様は神様あぁ」と勢いよく抱きついてきた。
やり方が独特というか、決して正しい方法ではなかったのかもしれないけれど、彼女なりに私を思ってくれていたのだと思うと、怒ることなんて出来なかった。
でも、一言だけ伝えることがあるとすれば─…
「井上さんが私をのためを思って行動してくれたのは伝わってきました。その気持ちは嬉しいです…だけど、私の相手は、私が選びますから」
「…佐倉、さん…」
周りに流されてばかりは、もう嫌だ。これからは私が選んだ道を進みたい。
そう思えるのは、桜佑が隣で見守ってくれるからだ。桜佑の存在が、少しずつ私を変えてくれているのだと、いま改めて気付いた。
「それに、彼はそこまで悪い人間ではないですよ…ちょっと意地悪なことろはあるけど、心は真っ直ぐな人だから」
なので、私達のことは温かく見守ってもらえると嬉しいです。そう続けると、井上さんは涙目のままコクリと頷いた。