甘い罠、秘密にキス
「井上さん、出来れば私と日向リーダーの関係のことは、みんなには秘密にしていただきたいのですが…」
「もちろんです!ていうか、言えるわけないですよ…。社内には佐倉さんファンがたくさんいるんです。推しに恋人がいるなんてことが分かったら、みんなショックで寝込んでしまいますから」
そこまで熱狂的なファンがいるのかは分からないけれど、とりあえず秘密にしてもらえるみたいで安心した。
バレたのが井上さんで、本当によかった。
「ありがとうございます。では、ふたりだけの秘密ってことで」
「え?!私と佐倉さんのふたりだけの秘密?!どうしようめちゃくちゃ嬉しい…こうなったら墓場まで持っていきます」
どこまでもオーバーリアクションな彼女に、思わず笑みが零れる。すると彼女は「その笑顔、写真におさめてもいいですか?」と突然スマホを構えるから「恥ずかしいのでやめてください」と丁重にお断りした。
「くぅ…せっかくの素敵な笑顔が…」
渋々スマホをポケットにしまった井上さんが、ふと私の胸元を見て「あ」と声を零した。
何かゴミでも付いているのかと、私も釣られて視線を移せば、そこにあったのは胸ポケットにささっているあのボールペンだった。
「前から思ってたんですけど、そのボールペン可愛いですね」
「え、」
どうやら井上さんは、桜佑がこれと色違いのボールペンを持っていることを知らないらしい。「どこで買ったんですか?」と問われ、思わず言葉に詰まった。
「えっと…これは貰った物なんですけど…」
「そうなんですね!いいなぁ、私も佐倉さんとお揃いにしたいなぁ」
「……これはダメです」
「え?」
「あ、や、何でもないですすみません」
口をついて出た言葉に、自分が一番ビックリした。
無意識に拒絶していたことに焦りを覚え、キョトンとする井上さんに「どこに売っているのか調べておきますね」と笑いながら誤魔化す。すると彼女が「ありがとうございます」と屈託のない笑みを向けてくるから、思わず罪悪感に苛まれた。
──なんで私、あんなこと言っちゃったんだろう。
なぜだか分からないけど、井上さんも桜佑とお揃いの物を持つのかと思うと、無性に嫌な気持ちになった。
まるで子供みたいに、桜佑を独り占めしたくなった。
なおっていたはずのモヤモヤが、またじわじわと襲ってくる。
これって、もしかして───…。