甘い罠、秘密にキス
「もしかして、それに気付いて敢えて話し掛けてくださったんですか?」
「まさか。純粋に写真が欲しかったのと、彼にはまだ嫉妬しているので邪魔をしたかっただけです」
イオ様を独り占めさせませんよ。そう続けた井上さんは、にやりと口角を上げる。私を助けてくれたのだと思ったけれど、どうやら違ったらしい。
だけど、秘密を誰かと共有出来るって、なんだかとても心強い。一時はどうなることかと思ったけれど、井上さんに本当のことを打ち明けて良かったと思えた瞬間だった。
それから数十分後にはクライアントがぽつぽつと集まり始め、その後本格的にパーティーが始まった。
桜佑のことなんて気にする暇もなく、クライアントに挨拶をして回ったり、バタバタとしているうちにあっという間に時間は過ぎ、気付いた時にはもうパーティーは終盤に差し掛かっていた。
私の雰囲気がいつもと違うため、担当のクライアントに気付いてもらえないという事件が多発したけれど、私が“佐倉”だと分かると、みんな口を揃えて“似合ってる”“素敵”だと言ってくれたから、少しだけ自信にも繋がった。
女性らしくなるなんて、絶対に無理だと思っていた私にとって、これは大きな前進だと思う。私を変えてくれた川瀬さんには感謝しかない。
「佐倉さん、お疲れ様です」
パーティーが終わり、緊張感から解放された会場で、私のそばに駆け寄ってきたのは川瀬さんだった。
川瀬さんの美しさは社内だけでなくクライアントや他の支社にも有名で、パーティーの最中も常に声を掛けられていたのにも関わらず、彼女の顔には疲れを感じないから凄い。
川瀬さんが人気の理由は、恐らくそこにもあると思う。
「お疲れ様。大丈夫?疲れてない?」
「私は全然!佐倉さんは…この短時間でちょっとやつれました?」
「ばれた?履きなれないヒールに、ちょっと疲れちゃって」
「そうですよね。靴擦れはしてないですか?
そういえば、このあと軽く片付けを手伝ったら、私達は帰宅してもいいみたいです。打ち上げに行く人もいるみたいですけど、佐倉さんは…」
「私は帰ろうかな」
「ですよね。私も帰ります。でも、もう少しこの佐倉さんの姿を見ていたかったなー」
甘えるように私にくっついてくる川瀬さんの頭を、ポンポンと撫でる。川瀬さんが可愛すぎて、このまま連れて帰りたい勢いだ。
「あ、日向リーダーだ。今日は一段と忙しそうでしたね」
ふいに川瀬さんが桜佑の名前を口にするから、大袈裟に肩が揺れてしまった。思わず視線を向けると、本社の人と談笑する彼の姿があった。