甘い罠、秘密にキス

「他の社員も噂してたよ。佐倉ちゃんがめちゃくちゃ綺麗だって」

「それはさすがに盛ってますよね」

「ほんとほんと、こんな嘘つかないよ。佐倉ちゃんは男女問わず人気だから、男性陣だけでなく女性陣も盛り上がってた」


藤さんは褒めるのが上手いから、つい本気にしてしまいそうだけど、彼の言葉を全て信じることが出来ないのは、過去の経験があるから。

この言葉を信じたせいで、全てが苦い思い出に変わった。
その記憶が邪魔をして、藤さんの言葉を素直に受け止められない自分がいる。

そうやって褒めておきながら、私のこと女として見てないんでしょ?
って、自然と壁を作っちゃう。

こうして話し掛けてくるくらいだから、藤さんにとってあの過去は、何の記憶にも残らないものだったのかもしれないけれど。刻まれた傷は、簡単には消えてくれない。

ずっと抱えていたトラウマは、桜佑のお陰で克服できたつもりでいた。だけど藤さんを前にすると、やっぱり嫌でも思い出してしまう。

私ってなかなか面倒な女なのかもしれない。


「そういえばこのあと打ち上げがあるらしいけど、佐倉ちゃんは行くの?」

「いえ、私は帰ります」

「なんだ残念。佐倉ちゃんが参加したら、みんな喜びそうなのに」

「そんなことないですよ。それにこの服も借り物なので、汚したくないですしね」


藤さんは参加しますか?そう続けると「俺はたぶん強制参加」と眉を下げて笑った。


「俺の後輩で、川瀬さんと飲みたいって言ってるやつがいるんだけど、彼女は…」

「帰るって言ってました」

「やっぱりかぁ」

「それに、川瀬さんには彼氏がいますよ」

「あ、そうなんだ」


藤さんは困ったように笑いながら「まぁそうだろうと思ってたけど」と零す。
どこに行っても川瀬さんの人気は凄いなぁ、なんて感心していると、ふと真剣な目をした藤さんと視線が重なった。


「佐倉ちゃんは?」

「…え?」

「彼氏、いるの?」


まさかその質問が飛び込んでくると思わなかったから、言葉に詰まってしまう。

一瞬桜佑の顔が頭に浮かんだけれど、どう答えたらいいのか分からず戸惑っていると、ふと後ろに気配を感じた。


「佐倉、ちょっといい?」


その声に、思わず息を呑んだ。

振り返らなくても分かってしまう。

これは桜佑の声だ。

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