甘い罠、秘密にキス
ちょっとタイム。理解が追いつかない。頂点に達していた怒りのバロメーターが、ストンと一気に落ちていく。目頭にたまっていた涙も、いつの間にかなくなっている。
「…最近私の噂が流れてるって、大沢くんから聞いたんだけど…それって、もしかして…」
「うん、そういうこと」
うそだ、そんなはずない。だって、あの時の大沢くんとの会話はちゃんと成り立っていたはず………
“あー、いま佐倉さん大変そうですもんね”
“人気者は辛いっすね”
“もうみんな知ってると思いますよ”
“目が全然違いますからね。ハートになってる”
………あれ?もしかして私、完全に勘違いしてた?
「その大沢もお前のこと気になってるみたいだったから、何としてでも阻止してやろうと思ってあんな言い方になった」
「……」
「だからこれは全部俺の嫉妬からくる嘘で、本心じゃない。お前が大盛りのラーメン頬張ろうが何しようが可愛いとしか思わないし、お前の魅力は俺が1番よく知ってるから」
「……」
「てか大沢だけじゃなくて、他の男がそういう目でお前を見てるのが耐えられなかった。お前の女らしい部分を知ってんのは俺だけでいいのにって、最近ちょっと焦ってた」
「…桜佑、」
「多分俺は、こういうやり方しか出来ないんだと思う。でも、もう二度としないって約束する。傷付けて悪かった」
矢継ぎ早に言葉を紡ぐ桜佑の態度には、ふざけた様子は1ミリも感じない。むしろ必死さだけが伝わって、その言葉ひとつひとつに胸を打たれる。
「今の言葉に嘘はない。俺がお前を好きな気持ちも信じてほしい。だから、婚約しなければよかったとか言うなよ。普通に傷付くから」
桜佑らしくない、弱々しい声が鼓膜を揺らし、私を抱き締める力が、また強くなった。
引っ込んでいたはずの涙が、再びこみ上げてくる。