甘い罠、秘密にキス
「えっ…?」
冗談かと思った。特にウケを狙っている感じもないけれど、何のための嘘なのか分からなかったから。
けれど藤さんは、普段から冗談を言うようなタイプではない。桜佑みたいにからかったりするタイプでもない。真面目、という言葉がよく似合う人。
なのに、どうして──…。
「なんかカッコイイじゃん。ブラック飲めた方が」
「……」
「要は、かっこよく見られたかったってこと。引いた?」
ふいに尋ねられ、咄嗟に首を横に振った。
そんな私を見て、藤さんは眉を下げ困ったように笑う。
「俺、幼い頃はよく女の子に間違えられてたんだ。今はさすがに間違えられることはないけど、でもやっぱ見た目も声も中性的で、体の線も細いし、男らしくなくて…それが結構コンプレックスでさ」
「……」
「だからせめて飲み物だけでもかっこつけたくて、苦手なブラックコーヒー飲んでた。あとお酒も、本当はカクテルが好きなのに、ビールやウイスキー飲んでみたり」
やばい奴だろ。そう言って自嘲気味に笑った彼は、再びブラックコーヒーの入った缶を煽ると「未だに慣れないなー」と独り言のように呟いた。
そんな彼を見て、まるで自分を見ているようだと思った。女らしく見られるために背伸びをしていた、私みたいだと。
だから藤さんの気持ちは凄くよく分かった。そんな彼に対して、引いたりやばい奴だと思ったりはしなかった。
でも、ひとつだけ気になることはある。
「…どうして、今それを私に言ってくるんですか…?」