甘い罠、秘密にキス
「こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど…ていうか、怒っていいんだけど…」
今日の藤さんは前置きが長い。なんだかいつもの彼らしさを感じない。
なかなか切り出そうとしない彼を怪訝に思いながらも静かに耳を傾けると、彼はようやく重い口を開いた。
「俺、実は恋っていうのがよく分かんなくて…」
「…え」
「今まで、ちゃんと恋をしたことがないんだ」
予想もしていなかった言葉は、かなりのパンチ力だった。ポカンと固まる私を見て、藤さんは気まずそうに「ごめん」と呟く。
「元カノの佐倉ちゃんにこんなこと言うのは失礼だって分かってる。しかも、告白したのは俺の方なのに…」
「……」
「勿論、佐倉ちゃんのことは好きなんだよ。今でも人として尊敬してるし、良い子だと思ってる。だけどそれが、恋なのかって言われたら分からなくて」
ショックを受けるよりも、理解するのに必死だった。藤さんが何を伝えようとしているのか、どうして今この話をしようと思ったのかを。
「だったら、どうしてあの時 私に告白を…?」
率直に尋ねると、藤さんの瞳が微かに揺れた。
「…佐倉ちゃんが周りから男性のように扱われているのを見て、親近感が沸いた。女性陣にモテて、みんなから男前って言われて。きっと佐倉ちゃん本人はそんなこと望んでないんだろうなって思うと、なんだか自分を見ているようで放っておけなかった」
ああ、なるほど。それで藤さんは、私のことを敢えて佐倉ちゃんと呼ぶのかな。
別れた今でも、私が力仕事をする度に気にかけてくれたり、パーティーの時も大袈裟なくらい褒めてくれた。それも全部、私の味方でいてくれてたんだ。
「勝手な話だけど、そんな佐倉ちゃんとなら上手くいくって思った。だけど…」
それは、恋心ではなかったんだね。