甘い罠、秘密にキス

「お疲れ様…です」


私の頭の中は告白のことでいっぱいで、一瞬ここが会社だということを忘れていた。慌てて敬語に直したけれど、「お疲れ」と返した彼が醸し出す空気は、上司ではなく桜佑(・・)の方だった。


「会議、長引いてたね」

「うん」

「疲れたんじゃない?」

「…別に」


数回やり取りを繰り返たところで、違和感に気付いた。桜佑の表情に、笑みがない。“別に”なんて言ってるけど、相当疲れが溜まっているのかも。


「よかったら、これどうぞ」

「…これはお前が買ったやつ?」

「え?うん、そうだよ。ついさっきそこの自販機で買ったから、まだあたたかいよ」

「ならもらう。ありがと」


缶を渡す瞬間、桜佑の手が私の手に一瞬触れた。それだけなのに、心臓がドクンと跳ねた。


「他の人達はもう帰ったの?」

「伊丹マネージャーは飲みで、マーケティング部の課長は娘の誕生日だからって慌てて帰っていった」

「そっか、みんな忙しそうだね」


お陰でふたりきりになれて、私は嬉しいけど。なんて言えないけれど、自然と口元が緩む。

すると、にやける私を見た桜佑の目が、微かに揺れたのが分かった。


「なんかいい事でもあった?」

「え、私そんなに顔に出てる?」


いい事が重なったせいか、喜びが隠せない。桜佑とふたりきりになれたのもそうだし、藤さんと和解出来たのもひとつの理由だし、それにやっと桜佑に告白出来るし。

気持ちを伝えるなら今がチャンスな気もするけれど、さすがに場所が会社なのは良くないかな。移動するならどこに──…


「元彼と仲良く話せたから?」

「………え?」

「楽しそうにしてたな」


──あれ、思ってた展開と全然違う。

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