甘い罠、秘密にキス
桜佑の表情が曇る。私が何も言い返せないでいると、桜佑は私から視線を逸らし、小さな溜息を吐いた。
まさか藤さんと話しているところを見られていたとは思わなかった。
ていうか、どうして藤さんが元彼ってことを知ってるの?スピーカー男の大沢くんでさえ、この事は知らないはずなのに。
思いもよらぬ事態に、頭の中がパニックに陥っている。告白をすることしか考えていなかったのに、告白どころか不穏な空気だ。
「…元彼が藤さんってこと、知ってたんだね。それも噂で聞いたとか?」
「いや、それくらいお前のこと見てたら分かる」
「そ、うなんだ…」
洞察力が鋭い人だとは思っていたけれど、想像を遥かに超えていた。
桜佑の元気がない理由って、もしかして疲れじゃなくて、私が藤さんと話していたからなのかな。だとしたら、これは嫉妬…?
でも、もし会話を聞いていたのならここまで機嫌が悪くなるだろうか。どの部分を聞いたのかにもよるけれど、桜佑に告白する話もしていたというのに…。
「…私達の会話、聞いた?」
「聞いてねえよ。なに、聞かれてマズい話でもしてたわけ?」
「そういうわけじゃないけど…」
むしろ聞いてくれた方がよかった。そしたら変に誤解されずに済んだかもしれないのに。
戸惑う私を見て、桜佑は「はぁ」と再び溜息を吐く。冷たい視線に、抑揚のない声がなんだか怖い。
「てか、俺に何か伝えたいことがあるんだよな」
「え?あ、うん。そうなんだけど…」
まさかこの空気のまま本題に入ると思っていなかった。不意をつかれ、思わず息を呑む。
ここに来るまで何度もイメトレしたのだから、練習通りこのまま告白してしまおうか。いやでも、こんなシチュエーションは予想外だ。
「ええっと…」
せっかく告白するつもりでいたのに、冷たい桜佑を前に怯んでしまう自分がいる。どうして資料室でさっさと言ってしまわなかったのかと、後悔が募る。
こうしてこのまま、ずるずるとタイミングを逃してしまうのだろうか。…ううん、それだけは嫌だ。