甘い罠、秘密にキス
「ねぇ、さっきから話が読めないんだけど」
まるで蚊帳の外。ふたりでどんどん進められる会話に、ぽかんとしてしまう。
まだふたりが話している途中だったけれど、会話を遮るように桜佑の服の袖をクイクイと引っ張った。
すると横目で私を捉えた桜佑は「俺とおばさんだけの秘密の話だからな」と悪戯っぽく笑う。
そしてキッチンからコーヒーの入ったカップを持ってきた母も、うふふと含みのある笑い声を漏らしながら席に着いた。
「とりあえずコーヒーでもどうぞ」
予期せぬ展開に、頭の上にははてなマークがいっぱい。怪訝な顔をする私を前に、母は「伊織が困ってるから、ゆっくり説明してあげなきゃね」と桜佑に笑いかける。
うん、と頷いた桜佑が、真っ直ぐ私を見つめてくる。その熱を孕んだ瞳に、ドキッと心臓が跳ねた。
「簡潔に説明すると、昔からおばさんには、伊織に対する気持ちを伝えてた」
「昔からって、一体いつ頃から…?」
「確か、小学生の時だったかな」
そ、そんなに昔から?
驚きを通り越して、信じられないという気持ちになってしまう。だけど、母の前でもこうして躊躇なく話せるということは、恐らく本当の話なのだろう。
私の知らないところで、そんな話をしていたなんて。全く気が付かなかった。
「幼い頃は、よくある話じゃない?仲良くしてる子を好きになっちゃうの。お母さんも最初は、おうちゃんもそういう感じなのかと思って、可愛いなーって思いながら見守ってたんだけど」
「……」
「でもね、おうちゃんは何歳になってもその気持ちがブレることはなかったわ。高校生になって、伊織がおうちゃんを避けるようになっても、ずっと伊織のことだけを見てた」
「うそ…」
「しかもおうちゃんの何が凄いって、伊織に避けられている間も、伊織と会わせろとか、仲を取り持ってほしいとか、私に一切言わないの。むしろ、一人前の男になって必ず伊織を捕まえてみせるからって。その時はこの家にふたりで帰ってくるって…それが、今ってわけね」