甘い罠、秘密にキス


代わりに俺がおばさんの息子になるから──ずっと息子が欲しかった母にとって、その言葉はどれほど胸に響いただろう。母の目が、微かに涙目になっているのが分かる。

しかもその相手は、我が子のようにずっと可愛がっていた桜佑。どこの誰よりも信頼出来る彼の言葉は、母にとっても特別なんじゃないかと思う。


「…伊織にもついに、大事な人が出来たのね」


小さく鼻をすすり、コーヒーをひとくち飲み込んだ母は、微笑みながらも「はぁ」と小さな溜息を吐く。


「相手がおうちゃんなのは嬉しいけど…でも、やっぱり少し寂しいわ。伊織は本当によく私のことを気にかけてくれる、優しい子だから」


母は私を見つめながら「寂しいなぁ」と再び呟く。

続けて「伊織に彼氏だなんて、なんか少し変な感じ」と放つと、隣でコーヒーカップを手に取った桜佑の身体が、ピクッと反応したのが分かった。


「おばさん、伊織が変な男に捕まらないように、ちゃっと見張っといてってお願いしたのに…少し前に彼氏がいたらしいけど、どうなってんの?」

「あら、そうなの?私聞いてないんだけど」

「ちょ、こら桜佑!」


最悪だ。藤さんとのことは母には伝えていなかったのに。

勝手にバラされ焦る私を見て、桜佑はニヤリと口角を上げる。


「へえ、あの男のこと、おばさんに紹介してなかったんだ」

「……」


なぜか嬉しそうな桜佑を、じろりと睨む。
身を乗り出して「その話、お母さんにも詳しく聞かせて?」と小首を傾げる母のことはスルーした。

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