甘い罠、秘密にキス

「まったく、勝手にバラさないでよね」

「お前が変な男に捕まるのが悪いんだろ」

「変な男って…」

「うふふ、ふたりの空気が昔と違って、とっても幸せそうでなんだか新鮮。見てるこっちも楽しくなっちゃう」

「お母さんは静かにしてて」


まぁ桜佑からしたら藤さんは変な男なのかもしれない。私達が和解したことも桜佑には伝えていないから、私にトラウマを植え付けた人というイメージが強いと思うし。

だけど藤さんと付き合ったことがあるからこそ、桜佑に対する気持ちの大きさにも気付けたわけだし、彼とのことは決して無駄ではなかったと思う。


「今は桜佑と一緒にいて幸せだから、もう過去のことはいいの。だからお母さんにも、あの人のことはこのまま秘密にしておく」

「伊織…………そこは秘密にしないで教えて?」


うるんだ瞳で上目がちに懇願してくる母に、静かに首を横に振る。母は「伊織のケチー!」と机に突っ伏して泣き真似を始めたけれど、桜佑は横目で私を捉えながら「もうよそ見すんなよ」と満足気に微笑んだ。


「それにしても、こうして3人で座ってると本当に昔を思い出すな。あの時のお前はずっと仏頂面だったけど」

「だってそれは、桜佑が意地悪なことばかりしてくるからで…」


唇を尖らせながら、昔のことを思い出す。桜佑がよく我が家に来て、一緒にご飯を食べていた時のことを。

あの時の私は…確かに仏頂面だった。だって本当にあの時間が苦手だったから。

でも桜佑は、その時から私のことを好きだったってことだよね。そもそも、そんな私のどこに惚れたんだろう?


「桜佑に対して愛想がなかった私のことを、よくずっと好きでいられたよね。私自身、桜佑に好かれるようなことをした覚えもないんだけどな」


ひとつひとつ記憶を辿りながらも、思わず問いかける。…うん、こんなに何年も思われる理由が、私にはさっぱり分からない。

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