甘い罠、秘密にキス
「お前は覚えてないかもしれないけど、幼い頃、俺と伊織はよく一緒に遊んでて、普通に仲も良くて…」
その話は、母からよく聞かされていた。就学前の、本当に幼い頃の話だ。
言われてみれば、この家で車や電車のおもちゃで遊んでいたような気もするけど…正直、薄らとした記憶しか残っていない。
「俺の親父がろくでもないせいか、あの頃から周りに距離を置かれてたんだけど、伊織と伊織の家族だけは違った。俺の相手をしてくれんのは佐倉家だけだった」
「そうなの?桜佑の周りには人が集まるイメージだったけど」
「あれは表面上だけだったんだよ。友達が出来たと思っても、その親が俺と深く関わらないようにしてたから。だから俺にとって、お前の存在はめちゃくちゃ大きくて…」
私は桜佑が背負ってきたものを、まだ全然理解してあげられていない。以前、桜佑が体調を崩した時に少しだけ話してくれた事があったけれど、桜佑の苦労はきっと語りきれないほどあると思う。
そんな桜佑にとって、私達家族が少しでも支えになっていたのなら、それは嬉しい話だけど。でも…
「私も桜佑のことを避けてたよ。お母さんは桜佑を本当の息子のようにずっと大事にしていたかもしれないけど、私は桜佑に何年も強く思われるほど、何もしてあげられてないのに…」
「あれは俺が悪いだろ。俺がお前のことをいじめたりしなかったら、あんな事にはならなかったと思う。それに、高校に入る前までは嫌々ながらも俺を受け入れてくれてた。それだけでも俺はかなり支えられてたから…だから俺にとって、伊織と伊織の家族が何よりも大事なんだよ」
桜佑の言葉に、じんと胸が熱くなる。鼻の奥がツンとして、じわりと視界が滲んでいく。
桜佑──と、優しく目を細める、愛しい彼の名前を呼ぼうとした。その矢先「おうちゃん…!」と母が涙を流しながら声を上げるから、私より感動している母を見て、思わず笑ってしまった。