甘い罠、秘密にキス



「おばさん、相変わらず元気そうだったな」


帰りの電車の中で、桜佑が窓の外を眺めながらぽつりと呟く。


「うん。でもだいぶ歳をとったし、あの家にひとりはきっと寂しいだろうから、もう少し帰る回数を増やそうかなって思った。近くに住んでるだけで大丈夫だと思ってたけど、やっぱり会って顔を見た方がいいもんね」

「そん時は俺も行くから、声掛けて」

「うん、分かった。私の家族のことも大切にしてくれてありがとうね。素直に嬉しい」


私より10センチ以上高い桜佑を見上げながら微笑むと、桜佑もフッと目を細め、私の頭をぽんっと軽く撫でる。


「むしろそれはこっちの台詞。伊織の家族が俺を大切にしてくれたから、俺はそれを返したいだけ」

「お母さんも、きっと同じことを思ってるんだろうね。ていうか桜佑とお母さん、仲良過ぎでしょ。いつの間にか秘密の約束まで交わちゃってさ。本当に全然気が付かなかったんだけど」

「お前がいない時を狙って言ってたからな。お風呂に入ってる時や便所行ってる時、あとは俺に隠れてリフティングやバスケのシュート練習してる時とか…」

「練習してんのバレてたんだね…しかも結局1回も勝てなかったっていう」

「あとは高校や大学の時も、たまにおばさんに会いに行ってた。さすがに社会人になってからはなかなか行けなかったけど」

「そんなに?どうしてそこまで…」

「俺の気持ちが本気だっていうこと、おばさんにちゃんと知ってて欲しかったから」


桜佑の言葉が、私の心臓をぎゅっと鷲掴みにする。思わず顔を赤くしながら俯くと、その直後に電車が揺れて、油断していた私の身体はぐらりとバランスを崩した。

すかさず伸びてきた手が私の身体を支え、そのまま大きな胸に引き寄せられる。


「気を付けろよ」


落ち着いた声音に、大好きな匂い。
心臓が激しく波打って、息の仕方を忘れそうになる。

そばにいるだけでこんな気持ちになるのは、きっと桜佑だけだ。

< 276 / 309 >

この作品をシェア

pagetop