甘い罠、秘密にキス

桜佑のせいでオフィス内が一気にザワつき始めた。青ざめる私を余所に、桜佑は川瀬さんと井上さんに向かって冷静に「おはよう」と挨拶している。


「佐倉さん、婚約者がいるんですか?」


元々大きな目を、これでもかという程大きく開いた川瀬さんに詰め寄られ、咄嗟に首をぶんぶんと横に振った私は、目で井上さんに助けを求めた。

けれど井上さんは、ここまできたらもうダメだと察したのか、私達の輪から一歩下がり、こちらに向かってスマホのカメラを構えている。

井上さんめ、遂に桜佑側についたのね。裏切りだわ。


「わぁすごい!おめでとうございます!」

「いや、違うのこれは…」

「お相手はどんな方ですか?年上?」

「いやだから…」

「同い年の幼馴染らしい」

「幼馴染!すごい!」


勝手に会話に入ってきた桜佑に、川瀬さんはぱあっと明るい笑顔で飛び跳ねる。


「あれ、でもどうして日向リーダーがそのことを…?」

「こ、この人は直属の上司でしょ?実は少し前にこっそり報告してて…」


く、苦しい。言い訳が苦し過ぎる。
桜佑に報告すること自体はおかしな話ではないけれど、部下の秘密を勝手にバラすこの行為が有り得ないことだから。

冷や汗が全身に伝う。周りからめちゃくちゃ視線を感じる。

桜佑のバカ。ほんと覚えてなさいよ。


「ひゅ、日向リーダーったらやめてくださいよー!その話はまだ皆には秘密って…」

「ちなみに、その相手は俺だよ」

「ちょっ、こら…」

「俺達、正式に婚約してる」


急いで桜佑の口を塞ごうとしたけれど間に合わなかった。息をするようにさらりとカミングアウトされてしまい、危うくその場に崩れ落ちるところだった。

いま絶対いつもの悪戯っぽい顔で笑っているはず。と、その横顔をじろりと睨む。けれど意外にも桜佑は優しく目を細めていて、不意打ちの笑顔に思わずきゅんと心臓が跳ねた。


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