甘い罠、秘密にキス



「佐倉、お前なんでそんなボロボロになってんだ。単純作業じゃなかったのか?」

「へへ…ちょっと気合いを入れ過ぎまして」


清掃作業から戻った私を見た伊丹マネージャーが、開口一番そう放つ。


「他の皆さんがゴミ拾いをしている中、佐倉さんが率先して溝掃除をしてくださって」

「男前過ぎんだろ」


川瀬さんが横から説明を入れると、伊丹マネージャーは「ご苦労だったな」と困ったように笑った。

だいぶ服は汚れてしまったけれど、今日は外勤の予定もなければ、こんな時のためにロッカーには替えのシャツを入れてある。

それに清掃作業のお陰で、かなり気分転換出来た。私的にはとてもスッキリして、いい気分だ。


「掃除してる佐倉さん、だれよりもかっこよかったですよ。こっそりスマホで写真撮っちゃいました」


うふふ、と笑う川瀬さんに癒されていると、ふと背後に気配を感じた。


「佐倉ちゃんは相変わらずだなぁ」


聞き慣れた声が鼓膜を揺らし、ゆっくりと振り返る。


「清掃作業お疲れ様。これ、川瀬さんと分けてね」

「ありがとうございます」


柔らかい笑みを浮かべながら缶コーヒー2本を差し出してきたのは、企画部の先輩、(ふじ)さんだ。

年がふたつほど上の彼は、目がぱっちり二重で可愛らしい顔をしていて、髪もふわふわで周りからはワンコ系と言われている。私と反対で、昔はよく女の子に間違えられたんだとか。


「佐倉ちゃんの働きっぷり、見てて気持ちよかったよ」

「いえ、そんな」

「でも今度からああいうのはオジサン達に頼めばいいからね」


じゃあ僕は行くね。爽やかに去っていく藤さんの後ろ姿に会釈していると、再び背後に気配を感じた。


「あいつ誰」

「ひっ、」


耳元で囁かれ、思わず悲鳴に似た声が漏れる。

振り返らなくなって、この声が誰のものなのかすぐに分かった。


「ちょ、急に声掛けないでよ」

「今のあいつ誰だよ」


小声で注意するもあっさりとスルーされ、同じ質問を繰り返してきたのはやはり桜佑で。


「企画部の藤さんだよ」

「へえ。で、お前とはどんな関係?」

「どんなって…」


真顔で問いかけてくる桜佑に、渋々答える。


「私を唯一女子のように扱ってくれてた人…?」

「扱ってくれてた…ねぇ」

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