甘い罠、秘密にキス


彼は唯一私を女として見てくれていた人。そして、唯一の元彼。

藤さんは私が入社したときからずっと、周りがどんなに私を“イケメン”“男前”と言っても、その言葉に乗っかったことはなかった。それは別れた今でも変わっていない。

藤さんは優しい。優し過ぎて勘違いしてしまったのだと思う。告白してきたのは藤さんの方だけど、女性のように扱われることに慣れていなかった私は、彼の告白が本物の愛だと信じて疑わなかった。

お付き合いというもの自体が当然初めてで、浮かれていたせいか、別れた時のリスクもその時は全く考えていなくて。

告白され、その場でOKして。このまま私も藤さんを好きになって、恋をして綺麗になって、普通の女性らしく生きていけるのだと思ってた。

でも実際は3ヶ月でアッサリお別れ。その後も同じ職場というのがかなり気まずくて、後悔ばかりが募る毎日だった。

この通り、藤さんが付き合う前と何も変わらない態度で接してくれるから、今は普通に会話は出来るけど。

彼の優しさは、決して私だけの特別なものではなく、彼にとっては普通のことだったのだと、別れて初めて気付いた。


もう終わったことだから、今はどうでもいい話で、だからわざわざ桜佑に話すことでもないのだけど。

ただ、桜佑は私に恋愛させて、女性らしくなれるよう張り切ってくれているけど、一度失敗を経験しているからこそ期待していないというか。

それよりもこの婚約が解消された時のリスクの方が怖い。関係が長引けば長引くほど余計にだ。

だからこそ、昨日軽率に変な契約を結んでしまったことを深く反省している。もう二度と桜佑とお酒で勝負なんてしないんだから。


「そんな事より、私着替えてくるからちょっと離れて欲しいんだけど」

「それよりも大事な話があるから、先に会議室に来てもらいたいんだけど?」

「え?」


素早く話題を替えられ、私が返事をするより先に桜佑は「会議室使いますね」と伊丹マネージャーに声を掛ける。

大事な話って、一体なんだろう。

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