甘い罠、秘密にキス

「もし親父が飯作ってくれるようなキャラだったら、こんな料理が並んでたんだろうなって新鮮な気持ちになったわ」

「……」


どう反応すればいいのか分からず黙ってしまう私を余所に、桜佑は「いただきます」と手を合わせる。そういえば昔もよくこうして一緒に食卓を囲んでたなと、少し懐かしい気持ちになった。


桜佑のお父さんは本当にだらしない人だったと母から聞いている。仕事もすぐ辞めてしまうし、酒癖も悪いしギャンブルに溺れがち。家の事も放ったらかしで、桜佑はいつも家でひとりだった。

だから桜佑は昔から一通りの家事が出来るというのも知っている。勿論これも母情報だけど。だからこそ、未熟な料理を振る舞うのが恥ずかしかったりする。

我が家も家に父がいなかったから、それを寂しいと思ったことはあったけど、桜佑とは少し環境が違う。桜佑は何も言わないけど、その苦労は計り知れない。

桜佑は最近お父さんと連絡とってたりするのかな。気になるけど、なんとなくその話題には触れられないんだよな。


「お焦げがいいアクセントになってんな」

「普通に焦がしちゃっただけです」


焼肉のタレを入れると焦げやすくなるなんて知らなかったんだよ。お肉もまともに焼けない女が婚約者で本当にいいんですか?と言ってやりたい。


「自分で作った方が美味しいもの食べられたよね。今度からウーバーにする」

「お前が作ったものなら何でもいいって言ったろ。てかお前も仕事で疲れてんのに、こうして作ってもらえるのは普通にありがたいけどな」


まさかこの男の口から労いの言葉が出てくるなんて思わなかった。素直に感謝され、照れくさくなって誤魔化すように「お茶いる?」と、桜佑のグラスにお茶を注ぐ。


「てか今度から(・・・・)ってことは、また来ていいってこと?」

「………あれ、私そんなこと言った?」

「言った。自分の言葉には責任持てよ」

「もうその言葉忘れてよ」


私ってもしかしてバカなのかな。どんどん桜佑のペースに飲まれてる気がする。

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